【目的】足底皮膚には,末梢神経が存在しており,様々な感覚情報を中枢へ伝達している.神経の生存や維持には,
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が必要となる.先行研究では,トレッドミル走行運動により,成獣ラット脊髄や,ヒラメ筋などの
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mRNA発現量が増加することが報告されている.しかし足底皮膚に存在する
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mRNAの発現や運動による影響については明らかにされていない. 本研究では,ラット足底皮膚における
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mRNAの発現量に対する走行運動の影響を検討することを目的とした.
【方法】Wistar系雄性ラット22匹(10週齢)を対象とした.走行群(走行期間;1日群, 5日群,4週間群),非走行群とランダムに分けた.走行群は,小動物用トレッドミルを使用し,走行速度17m/min, 傾斜0°,走行時間1時間の条件で運動を課した.すべてのラットにおいて,餌や給水は自由に摂取させた.実験終了後,足底皮膚パッドを採取した後,急速凍結した.パッドをTRIzol Reagent (Invitrogen Co.,CA,U.S.A)を加えホモジナイザーにて粉砕後, total RNAを抽出した.次にcDNAの作成について, High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)を使用した.逆転写反応により作成したcDNAを鋳型とし,最後に
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mRNAプライマーを用い,リアルタイムPCR法にてmRNA発現量を検討した.使用した機器はOpticon (Bio-Rad Laboratories, Inc. USA)であった.プライマーは,
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である,brain-derived neurotrophic factor (以下,BDNF),neurotrophin-4(以下,NT4)とその受容体であるtyrosine kinase B(以下,TrkB)を使用した.各mRNA発現量はbeta-actin mRNA発現量で正規化し,走行群,非走行群についてmRNA発現量を比較するために,クラスカル・ウォリス検定とボンフェローニ補正によるマン・ホイットニー検定を用いた.
【説明と同意】本実験は,大学動物実験倫理審査委員会の承認を得て行った.
【結果】走行群と非走行群の群間の比較では,NT4およびTrkB,のmRNA発現量に有意差を認めた(p<0.05).BDNFmRNAはすべての群において発現を認めなかった.多重比較検定では,NT4 mRNA発現量において,5日走行群は,非走行群,1日走行群により有意に増加していた(p<0.05).また4週群走行群は,5日走行群に対して有意に発現量が減少していた(p<0.05).TrkB mRNA発現量においては,非走行群に対し,5日走行群が有意に増加した(p<0.05).
【考察】本研究では,BDNFとNT4の受容体であるTrkB受容体mRNAの発現量に対する運動の影響を比較した.
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は,脳,脊髄,後根神経節や筋などで発現していることが報告されているが,皮膚ではケラチノサイトなどで産出されている.これらの
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は,胎生期で神経系の発生や,生後の神経の維持に関わっており,さらに神経損傷後の再生にも,この因子が影響を及ぼしている.本研究で対象としたBDNF,NT4とその受容体であるTrkBは,触覚・圧覚・振動覚の感覚神経や運動神経に関係している.本研究の結果では,足底皮膚においてはBDNFの発現を認めなかったが,NT4mRNAとTrkBmRNAの発現量を認めた. Gomez-Pinillaらは,脊髄とヒラメ筋を対象に走行におけるBDNFmRNAの発現量について,検討した.その結果,1日走行群では
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の発現量は,非走行群と比較して発現量に差がなかったが,5日走行群では,筋における発現量が有意に高くなったと報告した.測定部位は,異なるが先行研究と同様に
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の発現量は,運動開始後ではすぐに変化を認めないが,5日では発現量が高くなることが示唆された.運動を行ったことにより生体環境が変化し,
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の発現量が変化した慢性効果として考えられる.今後は,運動強度や時間による
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mRNAの発現量の影響について検討する必要がある.
【理学療法学研究としての意義】神経の生存や維持に重要な役割を果たしている
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のmRNAの発現量に着目し,研究を行った.走行運動は,循環器や運動器などだけではなく,皮膚に存在する
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mRNA量発現量にも影響を与えることが示唆された.運動療法の効果について,エビデンスを提供できるものと考える.
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