【はじめに】
近年、統合失調症への薬物療法には大きな変化が見られてきている。従来型抗精神病薬では錐体外路性の副作用や鎮静に伴う体の動かしにくさ、精神活動の低下などが顕著であった。近年使われるようになった新規抗精神病薬は、これらの副作用が少なく、身体機能の面では作業療法に導入しやすくなった。一方で感情表出が自然になり、妄想に彩られた思考内容を口にする人も出てきた。今回、私は、新規抗精神病薬への切換えが行われた症例の経過を個人OTを通して体験した。その体験を4期に分けて報告し考察したい。
【症例紹介】
症例は、現在30歳の女性である。23歳で大学卒業し、就職したが1年半で退職する。退職1ヶ月後に金槌をもって会社に侵入し警察に保護される。その後は家に引きこもっていたが、29歳の時に防衛庁に侵入しようとし、保護され、措置入院となる。数ヵ月後、地元での治療のため当院へ転院となる。当院では前病院の処方を引き継ぎ、従来型抗精神病薬が使われていた。私が個人OTを担当したのは症例が転院5ヶ月目のH15年3月であった。週2回マンツーマンで実施した。個人OT導入時の問題点は、1)従来型抗精神病薬の副作用によるコミュニケーション能力、作業能力の低下、2)自尊心が高く、他者と比較してしまい自己評価が低い、であった。
【経 過】
1期:従来型抗精神病薬の副作用が強い。信頼関係作り。
従来型抗精神病薬が処方される。錐体外路性の副作用として動作緩慢で、小声で流涎が目立っていた。また、活気がないなど副作用としての陰性症状も見られた。作業は単純な貼り絵などを導入するが作業に時間を要し、完成すると他患と比較して自己評価が低かった。そのため、私は巧緻性が必要な所などを、一緒に行ない受容的に関わった。
2期:薬物変更の途中。現実的不安と不満を表出。
従来型抗精神病薬が一部中止となり、7月より新規抗精神病薬が導入。声が少し大きくなり、表情が明るくなった。革細工をストレス発散の目的などで導入する。症例は道具を上手く使いこなせず疲労が見られ、完成に要した時間や、援助した部分が多い事を気にした。この時期は「なんで私だけできないんだろう」と現実的な不安や不満を表現した。また、症状の面などを聞くことに対して抵抗を示したため、深くは触れないようにした。
3期:新規抗精神病薬単剤。気分高揚・誇大感から自信の獲得へ。
従来型抗精神病薬が全て中止となり、11月より新規抗精神病薬単剤の処方となる。副作用は著しく改善し、動きや活気がでてきた。しかし、11月より気分高揚し、多弁的で、難易度の高いものを希望したりした。現実的な種目内容を話し合い、短期間で完成し見栄えの良いペイントアートなどを導入する。慣れてくると余裕が見られ、作業に対する不安は聞かれなかった。私は、満足感が得られるように、援助は最小限に留めた。
4期:健康な喜怒哀楽。作品により達成感が得られる。
副作用は消失し、作業能力に改善が見られた。しかし、多弁気味な口調となり、症状を否認しつつも妄想的な話をするようになった。作業では巧緻性の必要なビーズ細工も独力で行え、意欲的に没頭しながら取り組む。12月から症例の希望により活動時間を延長する。パラレルな場に導入すると、周りの雑音にイライラして、不機嫌になりながらも作業に没頭していた。
【考 察】
1期は従来型抗精神病薬の副作用が強い時期であったため、受容的な関わりに徹した。2期でも不満を症状悪化の兆候とは捉えず、症例の症状への辛い気持ちとして捉え、共感していった。また、病状の面などは深く聞かずに、作業を介して状態に応じた援助を行った。この関わりにより、症例を支持する存在としての安心感を与え、信頼関係が築かれていったと考える。3期では、気分高揚や誇大感などが見られたが、短期間で完成する作業を取り入れて、現実的な関わりにもっていきつつ、自信の獲得につなげていった。このように新規坑精神病薬によって症状が表面化しても、作業種目と関わりを工夫することで、有能感を満たすなどの健康的な面に働きかけることができたと考える。そして、4期で取り入れたビーズ細工は、他者と比較して症例の自尊心を刺激する事のない作業であったため、達成感を感じられるようになったと考える。経過を通しての症例にとっての個人OTの意味は、作品を周囲から評価されることで有能感を満たせる場であり、また、作業に没頭することで、入院生活の満たされない想いを昇華していると思われる。
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