近代日本において、「不如帰」の多種多様なメディアミックスが行われたことは広く知られている。しかしそのなかで、蘆花の他作品の文学的実践や試みは、時に意図的に無視され、あるいは改変されて流通してもいた。「不如帰」のヒット後に新派劇化された「黒潮」の物語は、メロドラマ的な原作のサブ・ストーリーを中心にして構成され、独自の展開も設けられた。この構成は、以降の「黒潮」群におけるフォーマットとなり、そこには作り手の思惑や、当時の流行が色濃く投影されていが、それは同時に、「政治小説」としての原作への期待感や作品の可能性を失わせてもいた。「黒潮」のメディアミックスは、蘆花という作家が、また蘆花文学がどのように求められていたのかの証左でもあった。
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