近年の判例において、実体的権利の保障を前提とすると解される憲法35条1項の規定から、「私的領域に侵入されることのない権利」が導かれたことは、同条項の今日的な趣旨をひもとくうえで、重要な糸口となるように思われる。とりわけ、個人の私生活に深く関わり得る各種の情報を広く収集・取得する公権力の行為としての「監視型情報収集」との関係において、かかる実体的権利が保障されると解する意義は大きい。憲法35条1項の母法である米国憲法修正4条の規定をめぐる解釈論を参考にしつつ、当該意義の具体的な内実について考察すると、以下のように要約できよう。すなわち、①有体物の所持品たる端末設備等に内包され、又はそれと不可分であると認められる情報としての「所持品内容情報」、②公権力による把握に際して、特定の物件等の所在を確認するという意味合いを超えた積極的な探索性を要する個人的データたる情報その他の公にされていない私的な情報としての「非公開個人的データ情報」、③憲法が個別の条項において特別に保護していると認められる情報としての「憲法直接保護情報」、を対象とする恣意的かつ強制的な監視型情報収集による脅威からの保護を指向するものである。これらの情報のうち、非公開個人的データ情報を対象とする監視型情報収集については、探索性に加え、(ア) 収集・取得の規模が広範かつ大量に及び得るという相当の規模性(個人の私生活の継続的・網羅的な把握可能性)、(イ) 非公開個人的データ情報により識別される当人の意思に反すると認められるという当人意思背反性、(ウ) 令状手続によらないなどの手続きの不当性、を伴うことが、「私的領域に侵入されることのない権利」の侵害が肯定されるために必要となると考えられる。そして、前記 (ア) が充足されるうえでは、一般に、監視型情報収集が当人に気づかれないままに密行的に行われることを要すると思われる。このような解釈は、物理的侵入行為の有無や収集・取得の物理的な場所(公的空間か私的空間かの区別)を問わず、個人の行動の継続的かつ網羅的な把握の過程において、性質上、個人の私生活の相当部分を明らかにし得る監視型情報収集の実施自体が「私的領域への侵入」にほかならない、という思想をその根底に据えている。
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