本研究では,大
雄山
最乗寺(神奈川県南足柄市)への参詣団体の属性を分類し,その分布と参詣行動を雑誌「大雄」より分析し,信仰圏モデルによる地域区分を行った.また,従来の信仰圏研究において取り上げられることの少なかった参詣団体を併せて取り上げ,信仰圏を構成する団体の拡張を試みた.分布の指標は「宗教行為―現世利益志向型」「宗教行為―安心志向型」「非宗教行為型」の3点を用いた.
「宗教行為―現世利益志向型」は地理学における従来の山岳宗教研究において主に扱われてきたグループであり,参詣中心の講,信仰中心の講,参詣中心の
企業
が該当する.祈祷または御供式を伴う参詣行動をとることが特徴である.最乗寺を祈祷寺院として利用しており,宗教的マスである民衆にあたる.参詣中心の
企業は大雄山
に比較的近接し,参詣中心および信仰中心の講は東京都と神奈川県に分布する傾向がある.「宗教行為―安心志向型」は地理学における従来の山岳宗教研究においてはあまり扱われてこなかったグループであり,修行中心の
企業
,修行中心の学校が該当する.座禅や研修を伴う参詣行動をとることが特徴である.修行中心の
企業
は東京都と神奈川県の中核都市に多く分布し,修行中心の学校は神奈川県内に散在している.従来は安心志向が宗教的エリートの信仰をそれぞれ集めてきたが,このグループには僧侶もしくは僧侶を目指す学生のみでなく宗教的マスも含まれ,近年は修行体験の形でマスレベルへの展開をみせている.「非宗教行為型」は宗教行為を行わないため信仰圏構造に含まれない.
これらを用いて信仰圏を区分した結果,大
雄山
からの距離によって信仰圏を3区分でき,大
雄山
の東部から北東部へ広がるセクター性を顕著に有することが明らかになった.また,大
雄山
信仰圏は単一の同心円からなるものではなく,第1次信仰圏と第2次信仰圏が中心を異にする円として複合的に存在する構造を示した.これは,祈祷が行われる場が大
雄山
最乗寺のみではなく,祈祷者が大
雄山
最乗寺の僧侶と主に東京都在住の先達の2者によって構成されているという宗教的事由に起因するものと考えられる.
第1次信仰圏は大
雄山
を中心として40km圏内であり,参詣・信仰中心の集団のうち,
企業
のように道了尊信仰を軸としない共同体が多く分布する.主に神奈川県南足柄市や小田原市が該当する.僧侶の活動拠点がこの地域にあたり,信仰の中核をなしている.第2次信仰圏は大
雄山
を中心として40~100km圏であり,参詣・信仰中心の集団のうち,講のように参詣目的で組織された共同体が密に分布する.主に神奈川県横浜市や東京都特別区をセクターとし,この地域を境として分布が疎になっている.講が参詣とレクリエーションを同時に行う点は,従来の研究における第2次信仰圏と同様である.祈祷寺院としての最乗寺の布教はここが中心であり,先達の布教拠点を核とする同心円を構築している.第3次信仰圏は大
雄山
を中心として100km以遠であり,参詣中心の集団が飛び地的に分布する.特に信仰中心の集団は参詣中心のものよりも距離の影響を強く受けている.最外縁は300~350km圏である.学校については同心円状の距離ではなく,都道府県の境界によって明確に区分されるが,これは神奈川県内の地域学習という教育的理由によると考えられる.よって,大
雄山
信仰圏においては同心円構造がおおむね成立するが,先達の拠点や都道府県界のような社会的要因によって形が歪められて存在しているといえる.
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