1.国土や地域社会の弱点を突く災害 自然の営為は、時に自然の論理を無視した開発への反発として、人間社会の弱点を容赦なく突いてくる。首都直下巨大地震は、東京一極集中という国土構造上の弱点を突き、日本の政治・経済社会・文化の中枢拠点・司令塔を喪失させ、東京のみならず日本・世界全体に深刻な直接・間接被害を惹起する。その結果、社会的格差の拡大、地域力・国力低下が惹起し、国家存亡の危機を招きかねない。 2.巨大災害後に繰り返される
首都機能移転
論議 関東大震災をはじめ巨大災害後には国土の弱点を改善すべく遷都・
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が繰り返し論議されてきた。しかし、未曾有の混乱時での遷都は難しく実現していない。 第二次大戦後には1960年代に磯村英一、伊藤郷平などが新首都論を提案し、建設省が東京への集中抑制を図るため『新首都建設の構想』(河野一郎構想)をまとめ、公表した。これは結果として筑波研究学園都市となっている。 その後も数多くの遷都論が出され、数次にわたる全国総合開発計画で論じられ、1992年に「国会等の
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に関する法律」の制定をみた。阪神淡路大震災(1995年)後には各界で
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論議が盛り上がり、国会等
移転審議会は移転
先候補地を答申(1999年)した。しかし、経済不況や財政問題などを理由に頓挫し、東日本大震災(2011年)後に盛り上がった
首都機能
バックアップ論議も今では沈静化している。 3.
首都機能移転
の意義 東京から新都市への
首都機能移転の意義を国会等移転
調査会・審議会は、①国政全般の改革、②東京一極集中の是正、③災害への対応能力強化とする。すなわち、経済・政治行政中枢機能の同時被災を避け、時代の大転換期に対応したレジリエントな「国のかたち」・国土構造づくりにある。 農業社会の日本は産業革命期に首都を京都から東京へ
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し、世界に冠たる中央集権型階層ネットワークの工業社会を構築した。しかし、今日の知識情報社会は分権型水平ネットワークを基本構造とする。東京一極集中の日本は首都直下地震に怯えつつ、十分に知識情報社会への構造転換もできず、過去30年間に国力を衰退させてきた。 4.分権型水平ネットワークの「国のかたち」
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は国土構造を中央集権型階層ネットワークから分権型水平ネットワークへ転換する契機となる。地方の不採算既存インフラは活性化し、高額費用を要する東京のインフラ整備を押さえられる。基本インフラの多拠点化により全国的に都市の競争力や価値が高まり、資源エネルギー等の効率的活用、災害対応力も高まる。 分権型水平ネットワークの国土形成には、①メガスケールからヒューマンスケールへの開発の転換、②強者の論理・資本の論理中心から弱者の論理・地域の論理中心への転換、③多様な価値観に基づく自力再生型地域社会の構築や財政負担の少ない自然と人間の共生による開発哲学が求められる。また、多彩な文化・技術・産業、独特な地域性をもつ地域の災害復旧・復興の主体は地域の人々でなければならない。かかる人材養成には地理教育の果たす役割が大きい。 5.持続発展型国土づくりへの「地理総合」の役割 大災害後に沸騰する
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論議も直ぐ冷める要因として国民の、①「国のかたち」つくりと災害に関する広範な議論欠如、②脆弱な俯瞰的・中長期的時空間認識、③自分ごとと考えず、
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経費も過大認識、④地域エゴによる冷静・論理的
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先選定の難しさなどがある。災害に強い国のかたち創りには国民が地理的知識を修得し、共有する「国のあるべき姿」の実現に努力することが求められる。 現在の地方創生・地方移住(人口分散)・本社地方分散政策などで東京一極集中の是正や国のかたちを変えることは不可能である。膨大な国家財政を費やしてきたが、基本的国土構造の転換はない。
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こそ効果的で、それには地理教育で培われる時空間的・中長期的、世界的視野で考える力が必要となる。これまで戦略的思考、俯瞰的・長期的視点に欠けた国民の近視眼的判断により
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は実現できず、日本は国際的・相対的に弱体化してきている。 日本国を救うのも
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の利害得失を受けるのも日本国民である。経済大国日本が災害に対してレジリエンスをもつことで、世界の経済社会も安寧を保てる。
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論議は有事でなく平時に行う必要があり、その実現には国民の国土・空間認識向上が不可欠で、地理教育とりわけ『地理総合』の役割が重要となる。かかる教育を受容した児童・生徒が成人となり、持続発展型国土づくりに尽力し、あるべき国のかたちに再構築することを期待している。
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