肥育牛では増体や肉質向上を目的として長期間にわたって濃厚飼料が多給され,その結果,第一胃液pHの低下により亜急性第一胃アシドーシス (SARA) や代謝性疾患が発生しているが,
黒毛和種
肥育牛では第一胃液性状を検討した報告は少なく,第一胃の細菌叢構成や粘膜上皮の遺伝子発現については不明な点が多い.そのため,本研究では
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牛の肥育時期による第一胃液の性状と細菌叢構成および第一胃粘膜上皮の遺伝子発現の変化を明らかにすることを目的とした.試験1では通常管理下の
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去勢牛9頭を用いて肥育前期 (10〜14カ月齢),中期 (15〜22カ月齢) および後期 (23〜30カ月齢) に第一胃液pHを連続測定し,フィステル孔より第一胃液を採材して各種性状と次世代シークエンス法による細菌叢の解析を行った.その結果,第一胃液pHは肥育時期の進行に伴い有意 (
p < 0.05) に低下し,リポポリサッカライド (LPS) は中期と後期に前期に比べて有意 (
p < 0.05) な高値を示した.また,Firmicutes門の構成比は中期に前期に比べて有意 (
p < 0.05) な低値を示した.LPS活性値の増加と主にセルロース分解菌構成比の低下によるFirmicutes門構成比の低下は,肥育時期の進行に伴う濃厚飼料の増給と第一胃液pHの低下による変化と考えられた.これらのことから,
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牛の肥育中期や後期には,第一胃液pHの低下,LPSの産生増加,セルロース分解菌構成比の減少など濃厚飼料多給に伴い第一胃内環境が大きく変化すると考えられた.試験2では試験1と同じ供試牛を用い,pHと各種性状および第一胃液,第一胃食渣および第二胃液の細菌叢を解析した.その結果,第一胃液pHは第二胃液pHに比べて前期と中期に有意 (
p < 0.05) な低値,後期には有意 (
p < 0.05) な高値を示した.また,細菌叢構成は第一胃液と第二胃液では類似していたが,第一胃食渣では第一胃液や第二胃液と異なる傾向がみられた.後期に第一胃液pHが第二胃液pHに比べて高値を示したことは,第一胃粘膜上皮からの重炭酸イオン供給が増加したことが要因と考えられた.このことから,肥育後期の
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牛では,長期的な濃厚飼料多給による第一胃液pHの低下に対して緩衝作用を促進して適応していることが示唆された.試験3では肥育中期と後期の
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去勢牛各3頭を用い,通常の飼料を給与した対照区 (CON区) と濃厚飼料割合を約10%増加した濃厚飼料多給区 (HC区) に区分し,第一胃液のpH,各種性状および細菌叢を解析した.その結果,第一胃液pHは中期ではHC区でCON区に比べて有意 (
p < 0.05) な低値を示し,後期では両区とも重度のSARA状態を呈し,有意差がみられなかった.これらのことから,
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牛は肥育後期においても中期に比べ,濃厚飼料割合の増加による第一胃液pHの変動が制御されていることが示唆された.試験4では試験1と同じ供試牛を用い,各肥育時期にフィステル孔を介し第一胃粘膜上皮を採取し,マイクロアレイ法により網羅的遺伝子解析を行った.その結果,輸送関連遺伝子であるSLC family遺伝子は,中期に前期に比べてdown-regulated (11/13),後期に中期に比べup-regulated (12/19) と判定されるものが多く,VFA輸送体およびSCFA-/HCO
3-交換輸送体であるSLC26A3遺伝子の発現量は,中期に前期に比べて有意 (
p < 0.05) に低下し,後期には中期に比べて有意 (
p < 0.05) に増加した.このことから,肥育後期の
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牛では第一胃粘膜上皮からのVFA吸収と第一胃内への重炭酸イオン分泌が促進され,長期間の濃厚飼料多給に適応している可能性が示唆された.本研究によって得られた所見は,
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肥育牛における健康の維持と代謝性疾患の予防に寄与すると考えられた.
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