清酒醸造と酵母の生理的性質の関係を知るため,山廃,速醸の各酒母から遠心分画法により酵母を分離し,その生理的性質を比較し,また酵の状貌とその中の酵母の形体につき観察を行い次のような結果を得た。
1) 麹汁及び合成培地を用い,乳酸1%, 2%,アルコール10%,アルコール10%一乳酸1%添加時の生育曲線を山廃酒母から分離した酵母“山廃酵母”と速醸酒母から分離した酵母“速醸酵母”について比較した。アルコール,乳酸いずれの場合も添加の影響はlag timeの延長,最高生育度の低下として表われたが,一般に“山廃酵母”の方が速醸酵母よりも強い生育阻害的影響を受けた。
2) クエン酸緩衝液IncubationによるUV吸収物質の分泌能は“山廃酵母”の方が“速醸酵母”よりも大であった。
3) 丸冷期の山廃,速醸両酵母の細胞内燐酸化合物の分布を比較すると,全燐酸含量及び酸溶性,脂質燐含量で速醸の方が山廃よりも大きかったが,特に脂質燐は3倍近く多かったのが注目される。枯し12~14日で丸冷期よりもよりも“速醸酵母”では10%“山廃酵母”では25%位全燐酸含量が減少した。また,“山廃酵母”のポリ燐酸区分の減少は約60%に及んだ。
4)酵から分画分離した酵母のシスティン脱硫能は若い膠のものの方が活性が高い傾向がみられた。
5)太平山醸造元では人為的な操作を加えない限り,一般に“速醸酒母”を使用した場合は坊主酵に,山廃酒母を使用した場合は蓋酵になり易いが,前者の場合には酵熟成時に35~50%の死細胞出現率が観察された。
以上のような諸結果から,山廃,速醸両酵母の性質の重要な相違の一つは両者の細胞の透過系に求められるのではないかと考えられた。
この研究の遂行に当り終始御協力下された小玉合名会社技師小玉正次郎,京野忠司の両氏はじめ試験室の諸氏並びに現場の諸氏に心から感謝する。
なお,この研究費の一部は昭和35年度日本醸造協会研究奨励助成金によった。
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