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全文: "Simon Wiesenthal Center"
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  • オットマン エスタ・ティーナ
    日本中東学会年報
    2015年 31 巻 2 号 1-28
    発行日: 2016/03/15
    公開日: 2018/03/30
    ジャーナル フリー
    戦争と暴力が健康に及ぼす影響、とりわけ精神的健康に及ぼす影響については世界保健機構の年次報告書でもしばしば強調されてきた。しかしイスラエル・パレスチナ紛争では、紛争当事者たちは、住民たちが物質的にも精神的にもすこやかに暮らすために必要な政治的・領土的妥協を行うことを延々と拒み続け、紛争は「解決不能な紛争(イントラクタブル・コンフリクト)」と呼ばれるほどに長期化している。そしてこの状況に非当事者たちは当惑状態にあるとも言える。暴力が中東・北アフリカ一帯に広がる現在においては、こうした当惑はいっそう強まっている。公式レベルでの紛争解決プロセスも断続的に行われてきたとはいえ、過去から現在に至るまでその主眼は国家間の平和構築にあった。たとえ「国家対被占領実体」という非対称な構図であっても、国家間の平和構築がモデルとなっている。他方、紛争のエートスは、紛争当事者の語りや民族/国民的(ナショナル)な言説によって決定づけられている。こうした語りや言説では、多大なる苦難と破壊を作り出してきた破局の出来事の歴史とは「例外的」なものだとする主張が繰り返されている。個人・集団いずれのレベルでも、こうした主張を繰り返す人びとは、深刻な精神的抗争状況の内に閉じ込められており、それはある形での集合的トラウマの存在を暗示するものとなっている。この点は、和平支持者たちが反発を受けて締め出されることが頻発し、和平のための更なる政治的取り組みが実質的に妨げられている点にも表れている。集合的トラウマとは、戦争のトラウマ以上の射程を持つ概念だと言い得るものであり、それが和平への大きな障壁として検討される必要は明らかである。この問題を迂回しての和平の進展はない。しかし、「トラウマ」とは、それ自体進化過程にある、矛盾を抱えた記号表現(シニフィアン)である。すなわち「トラウマ」とは、存在論的かつ認識論的論争の主題なのだ。本論文は、トラウマをめぐる認識論および「集合的トラウマ」の社会的構築、ならびにトラウマの世代を超えた継承の理論の批判的分析を狙いとし、かつ、これらトラウマにかかわる諸問題が、イスラエル・パレスチナ紛争においてはナチスによるホロコーストとパレスチナ人の経験したナクバと複雑な関係性をもつなど、独特な形で連関している点についての評価を行う。この長きにわたるパレスチナ・イスラエル紛争についての研究の大半は、歴史的な係争事案となってきた資源の分割を志向している。しかし、苦しみを抱えたものたちがその苦悩が抱える病的な循環構造を再考するなどして、トラウマは過去についての理解の破損だと捉え直し、トラウマとは記憶のもつ傷だと解釈されるならば、そのときこそ紛争の根源にあるものはひび割れた記憶だということになる。紛争当事者たちの姿勢を心理的・集合的トラウマの重なり合いという視座のもとに位置づけることは、当事者たちのトラウマ的病状ゆえにいかに紛争それ自体が永続的な閉塞状況に閉じ込められているのかという点を決定的に照らし出す。広く言うなれば、紛争のエートス(あるいは複数の紛争のエートス――というのは当該地域にはパレスチナ人の代表を自己主張するパレスチナ政府が二つあるためである)とは、トラウマゆえに事態を進展させられない一連の諸アクターの間で作られるものだとして理論化するか、あるいはトラウマの結果として間接的ないしは無意識にトラウマをシニカルな形で言説として利用する一連の諸アクターの間で作られるものだとして理論化することができる。いずれの理論も、政治的な和平合意の交渉能力に対して大きなインパクトをもつ。こうした新たなアプローチは、ある国際的な研究者たちから支持を得ている。かれらは「トラウマをもたらす出来事の理解、およびトラウマをもたらす出来事が経験され、感知され、知覚され、記憶され、忘却される方法に関心を抱くようになっており、同様に、それらの出来事が世界政治のなかの複数の規範、アイデンティティ、そして利害関心に影響し、かつ影響される方法にも関心を抱くようになった。」(Resende and Budryte, 2014, loc. 245)それゆえ本論考はこうした新たなアプローチのなかに位置づくものである。
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