体育学は、問題志向型の設計科学であり、実践科学・政策科学としての社会貢献を強く期待される学際分野である。他方、スポーツ庁の発足により、体育・スポーツ政策及び実践への公的投資に対する説明責任が著しく高まり、政策・実践の正当性を基礎づける体育学研究の実践的有用性が期待されている。しかし、わが国のスポーツ政策立案過程は未だに、
エビデンス
のグレーディング・スケール(格付け)において最下位に位置づけられる「専門家の意見」に多くは依存している。また、スポーツ指導における体罰問題に象徴されるように、科学的根拠を無視した経験主義的実践が払拭されていない。よって、今後、スポーツ政策とスポーツ実践の質を高め、「
エビデンス
に基づくスポーツ政策と実践」を推進させていくために学術界および政策当局が取り組むべき課題は多い。
他方で、体育学が対象とする人間とその全人的営みは、数値に変換して検証された普遍的因果法則によって説明され、高度の再現性をもって予測しうる超時代的・超社会的現象という側面だけでなく、一回限りの個性的・特殊的な経験としてしか記述され得ない価値や規範を含みこんだ多様な歴史的・社会的現実でもある。こうした特徴を有する体育学によって社会に還元される
エビデンス
とは、実験や量的データの解析によってのみでは獲得不可能な実践知であると考えられる。よって、改めて
エビデンス
とは何か、を問い直す作業が体育学研究者には今求められているように思われる。
そこで、本シンポジウムでは、今後のスポーツ実践やスポーツ政策に求められる
エビデンス
とは何か、科学的知見は現在どのようにスポーツ実践・政策に活用されているのか、学術研究の成果が
エビデンス
としてより一層活用されるために体育学研究は、その産出・仲介・活用方法においてどのような課題を克服しなければならないのか等、について専門分野の違いを超えて議論する。
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