抄録
本論は大正12年(1923)10月開催の「全県図画研究会」の詳細を,主に当時の秋田県の地方紙3紙を分析して探った。以下の3点などから当時の秋田県図画教育は,「全県図画研究会」の開催によって,自由画にとどまらない研究や実践に向かう下地などを形成することができたと考えられる。(1)クレヨンによる風景写生と,静物写生の2つの「研究授業」が行われた。当時は写生画が,「自由画方法」などの実践的な追究の一つになっていた。(2)「研究発表」には,自由画教育だけではなく,写生画や芸術教育,図案などもあった。全体として多様な方向性を見せていた。(3)松岡正雄と白浜徴の講演には統一性は無かった。しかし,図画教育が写生画やクレヨン画のみに偏ることに,共に憂慮を示した。