日本食品科学工学会大会講演要旨集
Online ISSN : 2759-3843
第71回 (2024)
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受賞講演
[奨励賞] 食品加工へのマイクロ波減圧技術の利用に関する研究
*安藤 泰雅
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抄録

【講演者の紹介】

 安藤泰雅(あんどう やすまさ):(国研)農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 食品加工・素材研究領域 食品加工グループ・主任研究員)

 略歴:千葉大学大学院園芸学研究科博士前期課程修了.筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了.平成26年より農研機構食品総合研究所(現 食品研究部門)研究員.同野菜花き研究部門を経て,令和2年より同食品研究部門主任研究員(現在に至る).令和4年より岐阜大学大学院連合農学研究科客員准教授

 食品加工の中でも乾燥は,最も一般的な単位操作の一つであり,多くの食品の加工プロセスにおいて利用されている.また,乾燥は青果物の一次加工法として利用されることも多く,特に青果物生産において多く発生する規格外品や余剰生産品等の付加価値化の方法の一つとして有効である.一般に青果物の乾燥では,熱風乾燥等の外部からの熱伝達による方法が用いられるため,水分の蒸発効率が低く乾燥が長期化する.そのため,低いエネルギー生産性や長時間処理に伴う品質低下の改善が課題となっている.本研究では,内部加熱特性により水分移動を促進する働きを持つマイクロ波の利用により,乾燥効率化と品質向上に取り組んできた.マイクロ波を利用した乾燥は,伝熱による方式ではなく誘電加熱により試料自体が発熱し,水分蒸発が迅速に進行する点で他の乾燥法と異なる.これはマイクロ波の持つ,極性分子(食品の場合は主に水分子)に作用し熱を発生させる,選択加熱と呼ばれる特性に起因している.そのため,乾燥速度が高く保たれることで乾燥時間を大幅に短縮でき,かつ無駄なエネルギーが少ないという利点が得られる.このことに加え,水の沸点が低下する減圧環境下では,水分蒸発が低温でより効率的に行われるとともに酸化による品質変化を抑えることができる.マイクロ波照射と減圧環境を組み合わせたマイクロ波減圧乾燥は,乾燥効率を高められると同時に,品質低下を限りなく抑制することができる.以下にこれまでに講演者が実施してきた,青果物の加工技術へのマイクロ波の利用に関する取り組みを示した.

1.青果物加工へのマイクロ波の適用と最適条件の検討

 トマト,リンゴといった複数の青果物の乾燥加工へマイクロ波を適用し,マイクロ波の間欠的な照射による短時間乾燥法,マイクロ波を減圧下で照射するマイクロ波減圧乾燥法等を提案しその有効性を検証した.また,乾燥前処理として,酵素失活のための加熱処理であるブランチング,あるいは凍結解凍処理等の条件が乾燥速度に及ぼす影響についても検討した.その結果,マイクロ波の利用により乾燥処理時間は従来乾燥法の1/3~1/2程度まで大幅に短縮できる条件を見出すとともに,色彩や栄養成分の変化抑制が見込めることを明らかにした.本研究の成果の一部をまとめた研究論文は,その新規性・有効性が認められ,第57回日本食品科学工学会誌論文賞を受賞した.

2.マイクロ波減圧乾燥における予備凍結の効果

 マイクロ波減圧技術を応用した新たな乾燥プロセスの開発に着手し,マイクロ波減圧乾燥の前工程として予備凍結を行い,氷結晶を意図的に成長・肥大化させることで,乾燥効率をさらに向上させるとともに,乾燥中の試料収縮を抑制し,フリーズドライに類似する多孔質な乾燥品を作製することに成功した.フリーズドライと異なり,マイクロ波減圧乾燥は水の三重点以上の圧力(1~10 kPa)で行われるため,材料の凍結領域は一度融解した後に水分蒸発によって乾燥が進行する.このため,乾燥に要する時間は従来の乾燥法と比べ大幅に短縮されるという大きな利点が得られる.また,予備凍結により,マイクロ波照射の際に生じる試料変形(密な構造の材料で生じる中心部の空洞化)を防ぎ,元の形状に近い多孔質な試料が得られることを確認した.さらに,複数品目を用いた試験において,提案技術による乾燥試料ではクリスプネス,復水性,パウダー加工時の粉砕効率が向上することを明らかにした.本技術は乾燥効率が低くエネルギーコストを要するフリーズドライの代替法としての利用が期待される.

3.温度制御乾燥による乾燥青果物の高品質化

 マイクロ波減圧乾燥における温度制御乾燥にも取り組んでおり,マイクロ波の出力制御により,乾燥中の試料品温を一定に保ちながら高精度に乾燥を進行させられることを確認するとともに品質変化との関係を明らかにした.乾燥中の色彩や含有成分等の品質変化は温度に大きく依存し,低い温度に保つことで品質は保たれる.一方で,乾燥効率を高めるには高い温度で乾燥する必要がある.高品質な乾燥品を高い乾燥効率で得るためには,水分量が多く供給されるエネルギーが水分蒸発により多く使われる乾燥初期において高い出力でマイクロ波を照射し,水分が少なく温度上昇が起こりやすい乾燥後期では低い出力で照射するなど,段階的に供給するエネルギー量を変化させる必要がある.従来の乾燥技術ではこのような高精度な品温制御は困難であったが,本研究で得られた温度制御の成果は高品質と高効率を両立する発展的な乾燥技術につながるものと考えている.

まとめと今後の展望

 本研究では,マイクロ波減圧技術の適用による高効率な青果物の加工技術について検討を進めてきた.研究活動の中で行ったマイクロ波減圧技術の応用による品質への影響評価や加工効率の検証,プロセスの最適化について検証は,当該技術の普及に資する取り組みである.今後,マイクロ波を応用した加工技術を醸成,展開していくことで国内の農業生産における未利用資源の有効活用につながる技術に発展させていきたいと考えている.また,マイクロ波を利用した技術の特徴として,温度や乾燥速度の制御が比較的容易である点が挙げられる.今後の研究により知見を集積することで,乾燥食品の品質制御,すなわち目的に応じた品質のデザインも可能になると考えられる.今後の技術開発のさらなる進展に期待したい.

謝 辞

 本研究は,筆者が在籍した千葉大学園芸学研究科および農研機構食品研究部門において行われたものである.研究遂行にあたり学生時代にご指導を賜りました千葉大学名誉教授田川彰男先生,千葉大学教授椎名武夫先生,千葉大学教授小川幸春先生,東京農業大学教授村松良樹先生,岩手大学准教授折笠貴寛先生に心より感謝申し上げます.また,農研機構食品研究部門のご助言いただきました諸先生方,研究の遂行をご指導・ご支援いただきました多くの方々に深く感謝いたします。本研究の一部は,内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業(JPJ009237,管理法人:生研支援センター),日本学術振興会科学研究費補助金(22K02151)の支援を受けて実施されました。厚く御礼申し上げます。

参考文献

1) 安藤泰雅ら, 日本食品科学工学会誌, 57(5), 191–197 (2010).

2) 安藤泰雅ら,日本食品科学工学会誌, 58(7), 284–290 (2011).

3) Orikasa et al., Journal of Food Processing and Preservation, 42(6), e13625 (2018).

4) Ando et al., Journal of Food Engineering, 244, 170–177 (2019).

5) Ando et al., LWT-Food Science and Technology, 100, 294–299 (2019).

6) Ando et al., Food and Bioprocess Technology, 16, 447–458 (2023).

7) Ando et al., Food Science and Technology Research, 29(6), 453–463 (2023).

8) Ando et al., Journal of Food Engineering, 369, 111944 (2024).

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