主催: 公益社団法人 日本食品科学工学会
会議名: 日本食品科学工学会第71回大会
回次: 71
開催地: 名城大学
開催日: 2024/08/29 - 2024/08/31
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【講演者の紹介】
恩田 匠(おんだ たくみ): 山梨県産業技術センター 主幹研究員・部長
略歴:平成4年3月 東京農業大学大学院農学研究科 博士前期課程修了,同年4月 山梨県庁入庁 山梨県工業技術センター入所,平成25年4月 山梨県工業技術センター支所ワインセンター 支所長,令和元年4月 山梨県産業技術センターワイン技術部部長,令和6年4月 同センター企画連携推進部部長 <最終学歴> 平成15年3月 山梨大学大学院工学研究科 博士後期課程修了
近年,日本産ブドウ原料のみから製造されたワイン(日本ワイン)に対する関心はますます高まっている.日本ワインは,我が国の生活の中に日常酒として確実に定着してきており,なかでも発泡性のワイン,すなわちスパークリングワインの人気は高く,国内の多くのワイナリーがその生産に力を入れるようになってきている.しかしながら,その製法は現状においても,そのほとんどが一旦製成したワインに人工的に炭酸ガスを吹き込む「ガス封入法」により製造されている.一方で,「ビン内二次発酵法」と呼ばれる最も伝統的で本格的な手法によって造られるスパークリングワインが注目されるようになっている.この伝統製法によるスパークリングワインは,ビン内で2回目のアルコール発酵を生起させ,長い貯蔵熟成期間と煩雑な工程を経ることで,繊細な泡立ちと重厚な香味が付与されることを特徴としている.一方で,本研究開始当初の日本国内ではビン内二次発酵法についての技術的な知見に乏しく,その製造に苦慮するメーカーが多かった.そこで,ビン内二次発酵法に関しての製品製造の安定化・高度化,特に日本産ブドウを原料としたときの,その特徴を活かした製法に関する研究を実施した.
1.ビン内二次発酵法によるスパークリングワイン製造の安定化・高品質化
最初に,最も本格的で伝統的な製造法の詳細を明らかにするため,フランス・シャンパーニュ地方における現地調査を行った.その成果として,シャンパーニュ製造において重要なビン内二次発酵工程のみならず,本邦では情報が不足していた,ブドウの収穫時期の判定,原料ワインの製成,二次発酵から製品化に至るまでの全工程に関わる法例や製造技術の知見を得た.この得られた技術的知見を元に国内での試験製造研究を開始した. 当初は,二次発酵のためのスターターとしての酵母拡大培養液の調製方法や,ビン内二次発酵条件など二次発酵工程の安定化のための基礎的な製造方法の検証を行いながら,我が国で製造を行う場合の技術的な課題を抽出した.
本研究では,特に欧州系ブドウと異なる特徴を有する国産ブドウを原料とした場合の製造方法についての検討を重点課題とした.原料ブドウとして,我が国で最も生産量が多く,山梨県を代表する主に白ワイン原料として用いられる‘甲州’および,赤ワイン用原料である‘マスカット・ベーリーA’を用いて実証製造試験を行った.
2.‘甲州’を原料としたスパークリングワイン製造
‘甲州’を原料としたスパークリングワイン製造を数年にわたり実施し,原料の収穫時期,使用酵母の選定,原酒ワインの製成方法,原酒ワインのブレンド比率.熟成期間の影響などについての実証試験を行った.‘甲州’を用いた原酒ワイン製成では,圧搾によって得られる「一番搾り果汁(シャンパーニュ製造ではキュベという)」と「二番搾り果汁(シャンパーニュ製造ではタイユ)」は欧州系ブドウと成分組成が異なり,特に酸度について‘甲州’は「一番搾り果汁」の酸度が低くなることを見出した.この現象は,‘甲州’ブドウの圧搾工程における果汁成分の溶出パターンが欧州系品種と異なることに起因することを明らかにした.そこで,ブドウの圧搾において「一番搾り果汁」と「二番搾り果汁」に分画し,それぞれで製成したワインをブレンドしてスパークリングワインの製造を行う際の原酒ワインの調製方法を提案した.欧州系品種では「一番搾り果汁」の酸度が高く,良質な原料果汁として扱われるが,‘甲州’は「二番搾り果汁」の酸度が高いため,「二番搾り果汁」から製成した原酒ワインを有効に利用して良好な製品が製成できることを見いだした.
また,原酒ワイン製成工程においては,白ワインでは困難なマロラクティック発酵を安定的に達成する技術を確立した,さらに,本邦の製造において二次発酵以降の工程で問題となることが多かった,酒石の安定化に寄与する技術や添加物の有効性を実証した.我が国における最適な,スパークリングワイン原料としての収穫時期の判定には,今後も継続的な検証が重要である.
3.‘マスカット・ベーリーA’を原料としたロゼスパークリングワイン製造
‘マスカット・ベーリーA’を原料としたロゼのスパークリングワイン製造では,ロゼ製品製造の常法である「半醸し法」や「セニエ法(発酵もろみからの果汁部分の引き抜き)」などの煩雑な色素抽出工程を省略し,白ワイン製造のように簡便な「直接圧搾法」によって製造が可能であることを明らかにした.また,‘マスカット・ベーリーA’の圧搾においても,‘甲州’と同様な果汁成分の溶出挙動が明らかになり,‘甲州’の場合と同様に「二番搾り果汁」の方が酸度が高くなることを確認した.このことから,‘甲州’と同じく,「二番搾り果汁」を有効に利用して良好な製品を製成する可能性を明らかにした.
さらに,白とロゼ製品の製造において,最終工程における糖分調整が単なる製品の甘みづけではなく,香味のバランスを調整し官能特性を高める効果があることも実証した.
本研究で得られ,各種論文に掲載した製造に関する手法については,国内の多くのワイン製造関係者に提供することができた.また既に,国産スパークリングワイン製造方法をマニュアル化し,「山梨県ワイン製造マニュアル(山梨県ワイン酒造組合出版)」に掲載した.本研究の成果が国産スパークリングワイン製品の更なる高品質化につながることを期待したい.
謝辞
本研究は,山梨県産業技術センターワイン技術部(旧・山梨県工業技術センター支所ワインセンター)で実施したもので,フランス・シャンパーニュ地方への研修やワイン研究遂行にあたりご支援をいただいた元ワインセンター 故・原川守支所長,共同研究者,また技術的なご支援をいただいた山梨県ワイン酒造組合ならびに同組合若手醸造家・農家研究会の皆様に深く御礼申し上げます.また,シャンパーニュ製造技術についてご教示いただいた,シャンパーニュ地方ワイン生産同業者委員会にも謝意を表します.最後に,研究論文作成や研究の進め方に厳しくも暖かいご指導を賜りました元同センター副所長小宮山美弘氏,同辻政雄氏に御礼申し上げます.
[文献] (1)日醸協誌, 117・10, 724-730 2022,(2)日食科工誌,69・4, 155-162 2022,(3)日食科工誌, 68・5, 212-215 2021,(4)日食保科誌, 47・3, 145-152 2021 ,(5)日ブドウワイン誌, 31・1, 17-22 2020,(6)日食科工誌, 66・12, 459-468 2019,(7)日醸協誌, 114・5, 281-286 2019,(8)日醸協誌, 112・12, 836-848 2017,(9)日ブドウワイン誌, 28・1,3-7 2017,(10)日ブドウワイン誌, 26・1, 5-9 2015,(9)日醸協誌, 114・1, 2-11 2019,(10)日醸協誌, 113・5, 296-307 2018,(11)日醸協誌, 113・4, 212-225 2018,(12)日醸協誌, 111・11, 712-727 2016,(13)日醸協誌, 111・5, 286-301 2016,(14)日醸協誌, 110・5, 306-317 2015.