主催: 公益社団法人 日本食品科学工学会
会議名: 日本食品科学工学会第71回大会
回次: 71
開催地: 名城大学
開催日: 2024/08/29 - 2024/08/31
p. 429-
【講演者の紹介】
本田 真己(ほんだ まさき) 名城大学 大学院総合学術研究科/理工学部 化学教室
略歴:2010年3月 北海道大学 水産科学院 博士前期課程修了,2010年4月 カゴメ株式会社 総合研究所,2016年3月 滋賀県立大学 工学研究科 論文博士(工学)取得,2016年4月 名古屋大学 全学技術センター,2018年4月 名城大学 理工学部 現在に至る.
研究分野:食品成分の異性体ならびに亜臨界・超臨界流体を用いた食品加工に関する研究に従事している.
野菜や果物を鮮やかに彩るカロテノイド類は,強力な抗酸化作用を有し,カラーバリエーションが多様であることから,健康食品や着色料,動物飼料の色揚げ剤など幅広い用途で利用されている.天然のカロテノイド類は高い疎水性と結晶性を有しており,食品加工に利用可能な媒体への溶解度が極めて低い.これらのユニークな物性に起因し,カロテノイド類は体内吸収性が低いことに加え,加工(抽出,乳化,微粒子化など)の効率が悪いことがしばしば産業利用における課題となる.例えば,トマトに豊富に含まれるリコピンやキウイやケールに豊富に含まれるルテインは,摂取量に対して吸収量が 10% 以下と報告されている.また,一般にカロテノイド類は植物や微生物から抽出法により得られるが,その抽出効率が悪いため,市販のカロテノイド素材は高価である.上記カロテノイド類の低体内吸収性や低加工効率を解決する手段として,我々はカロテノイドの異性化技術に着目し,研究を推進している.
カロテノイド類は分子内に多くの共役二重結合をもつため,多種類のシス-トランス異性体が存在可能である.しかし,天然では二重結合がすべてトランス体の異性体(トランス型)が優勢である.例えば,生のトマトやニンジンに含まれるリコピンやβ-カロテンは,90% 以上がトランス型として存在する.トランス型のカロテノイドを摂取しても,ヒトや動物の体内ではシス型が豊富に検出される.一例として,ヒトとラットにトランス型のリコピンやアスタキサンチンを投与しても,血液中では約20~50% がシス型として検出される.体内においてトランス型カロテノイドをシス型に変換する機構が存在する可能性が示唆されているが,その詳細は不明である.
我々は近年,カロテノイド類を天然の存在形態であるトランス型からシス型へ変換して動物(ラット、モルモット)に経口投与すると,体内吸収性が20倍以上向上することを見出した.さらに,抗エラスターゼ活性やメラニン生成抑制作用などの生理活性も向上することを明らかにした.このようなカロテノイド類のシス型への異性化による体内吸収性や生理活性の向上に関する研究報告は近年増加しており,ヒト試験においてもシス型の有用性が確認されている.さらに我々は,カロテノイド類は異性体間で物理化学的性質が大きく異なることを明らかにした.例えば,トランス型のリコピンやアスタキサンチンは強固な結晶構造を有し,食用油脂や有機溶媒,グリーン溶媒(超臨界CO2 など)への溶解度が極めて低いが,それらをシス型に異性化すると非晶質になり,各種溶媒への溶解度が顕著に向上する(エタノールに250~4000倍)ことを示した.そして,これらの異性化に伴う物性変化を駆使して,抽出や乳化,微粒子化などの加工効率を顕著に改善できることを明らかにした.一般にカロテノイドの加工効率を改善するためには,処理条件の最適化や装置能力の改善などの物理的なアプローチにより検討されるが,異性化技術を駆使した化学的なアプローチは,それら従来法よりも格段に優れる.本講演では,シス型カロテノイドの最新の研究情報(異性化方法,生理活性,加工技術への適用)を紹介するとともに,その食品分野における実用化の可能性について概説する.