日本食品科学工学会大会講演要旨集
Online ISSN : 2759-3843
第72回 (2025)
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シンポジウムA3: 発酵醸造文化の未来 ― 伝統的酒造りのユネスコ無形文化遺産登録と次世代への継承
日本酒学の構築と挑戦:新潟大学発,対象限定・領域横断型学問の創出
*岸 保行
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p. 16-

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抄録

【講演者の紹介】

氏名(ふりがな):岸 保行(きし・やすゆき)

新潟大学日本酒学センター・副センター長/経済科学部・教授

略歴:早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士課程修了.早稲田大学助手,東京大学経済学研究科ものづくり経営研究センター特任助教を経て,2012年より新潟大学経済学部・准教授に着任.2018年からは新潟大学日本酒学センター・副センター長を兼務.2025年4月から新潟大学経済科学部・教授.専門は酒蔵組織論,伝統産業の海外展開,伝統と革新.

 日本酒は,日本の食文化や歴史と密接に関わる伝統的醸造酒であり,米・水・微生物の相互作用によって成立する.製造工程における「並行複発酵」という独自の技術特性,自然環境との有機的な関係,さらに儀礼や年中行事との文化的な融合により,日本酒は単なる嗜好品にとどまらず,多角的アプローチから分析しうる研究対象としての意義を有している.

 このような日本酒の多面性に着目し,新潟大学では2017年,新潟県および新潟県酒造組合との三者による「日本酒学(Sakeology)」に係る連携協定を締結し,翌2018年には全学共同教育研究組織「日本酒学センター」が設置された.対象を日本酒に特化しつつ,農学・工学・医学・経済学・歴史学・法学・社会学など多分野の知見を総合することにより,新たな学問体系としての「日本酒学」の構築を目指している.

 本学問の特長は,「対象限定」でありながら「領域横断型」である点にある.すなわち,日本酒という一つの伝統産業を起点に,原料米の生産,発酵プロセスの制御,製造技術,物流とマーケティング,消費者行動,さらには健康への影響や文化的意味づけまでを射程に入れた学際的なアプローチがなされている.たとえば,酒米には栽培技術と品種改良に関する農学的知見が不可欠であり,製造工程では発酵学や微生物学が中心となる.さらに,完成品がどのように流通し,どのように受容されるかといった問いには,経済学・経営学や社会学の視点が有効である.

 センター内では,醸造系,社会・文化系,健康科学系の3つの研究ユニットを設け,文理の枠を越えた連携が進められている.また,教育面では,学部学生向けの座学(日本酒学A・B・C・D)が開講され,大学院においても修士課程・博士課程が整備されている.こうした体制により,研究と教育が相互に接続された学際的な学びの環境が整えられており,学生からも高い関心が寄せられている.加えて,国際的な連携にも注力しており,2019年にはフランス・ボルドー大学,2020年には米国・カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)と連携協定を締結した.ボルドー大学やUC Davisにおけるワイン学(Oenology)の先行事例を参照しつつ,日本酒を軸とした国際比較研究や共同サマースクールの実施が進められている.こうした国際協働を通じて,「日本酒学」の概念そのものをグローバルな枠組みで再定義し,日本酒の国際展開と学術的価値の向上を目指している.

 本発表では,新潟大学における「日本酒学」の設立経緯,研究教育体制,国際ネットワークとの連携,そして他の酒類研究との比較を通じて,この新しい学問領域が持つ意義と可能性について報告する.日本酒というローカルな文化資源を通じて,いかにして学術的・社会的インパクトを創出し得るのかという問いに対し,「日本酒学」はそのひとつの有効な学術的アプローチを提示している.

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