主催: 公益社団法人 日本食品科学工学会
会議名: 日本食品科学工学会第72回大会
回次: 72
開催地: 日本大学生物資源科学部 湘南キャンパス
開催日: 2025/08/27 - 2025/08/29
p. 22-
大阪大学大学院理学研究科 物理学専攻 助教 略歴:1996 年東京理科大学理工学部物理学科卒,1998 年同大学大学院理工学研究科博士前期課程修了,2001年同大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 博士号(理学)取得,2001年4月より大阪大学大学院理学研究科附属原子核実験施設 研究機関研究員,2003年 同大学大学院理学研究科 助手、後に助教.大阪大学ミューオン施設MuSICの責任者を務める.専門は素粒子実験物理学,ミューオン応用利用.
「宇宙から降り注ぐミューオンでピラミッド内部が明らかに」,「ミューオンによる緒方洪庵“開かずの薬瓶”内薬剤の同定」,「はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウの石の炭素量をミューオンで測定」など,近年,「ミューオン」が新聞やニュースでも取り上げられる機会が増えており,ミューオンを用いた非破壊分析技術への関心が高まっている.ミューオンは,宇宙を構成する基本粒子(素粒子)の一つで,電子と同じレプトンに属する.電子の約207倍の質量を持ち,正ミューオン(μ⁺)および負ミューオン(μ⁻)の二種類が存在する.宇宙線起源の自然ミューオンや加速器生成ミューオンを利用することで,従来のX線・電子線・中性子線では難しかった深部観察や高感度分析が可能となる.本講演では,代表的なミューオン利用分析技術の原理と,各技術が開拓した多彩な応用例について概説する.
1.ミューオグラフィおよびミューオン透視・トモグラフィ:宇宙線ミューオンが物体を透過する際の減衰率(透過法)や散乱角(散乱法)を測定し,内部の密度分布を画像化する手法である.大規模構造物(火山,原子炉,ピラミッド,貨物コンテナなど)でも遠隔かつ非侵襲に空洞や高密度領域を検出できる点が特徴である.
2.ミューオンスピン分光(μSR):加速器で生成したスピン偏極ミューオン(主にμ⁺)を試料に導入し,そのスピン歳差運動・緩和挙動を時間分解測定する分光技術である.固体中の微視的磁場分布や電子相互作用を解析でき,強磁性・超伝導・スピン液体などの物性研究に広く応用されている.また,ミューオニウム(Mu=μ⁺+e⁻)は軽い水素同位体として化学反応性や拡散挙動の解析にも利用され,化学・生命科学分野での分子動態解析にも貢献している.
3.負ミューオンによる元素分析:負ミューオン(μ⁻)が物質中で停止すると「ミューオン原子」を形成し,内殻への遷移に伴って特性ミューオンX線を放出する.これらのX線は元素固有のエネルギーを持ち,電子起因特性X線に比べ約207倍高エネルギーであるため,深部からの検出が可能となる.さらに,入射ミューオンのエネルギー制御により,任意深さでのプロファイリング分析や局所元素定量が非破壊的に実施できる.
4.ミューオン透過型顕微鏡:加速器生成ミューオンビームを試料に透過させ,内部透視像を取得する新規顕微鏡技術である.ミューオンの高い透過力により,電子顕微鏡では困難な数十μm厚の試料内部まで観察できる可能性を秘めている.将来的には,生細胞や複合材料の深部構造を非破壊で可視化するプラットフォームとしての応用が期待される.
このように,ミューオンは高透過性と独自の量子力学的性質を活かし,従来技術では実現困難であった様々な分析を可能にしている.物性,化学,生命科学,考古学などの学術分野のみならず,原子力施設の安全監視,インフラ診断分野への展開も視野に入れて研究が進展中である.今後は装置の小型化・高性能化,データ処理技術の高度化,さらにはミューオン源の普及によって,より多くの現場でミューオン分析技術が実用化されることが期待されている.