主催: 公益社団法人 日本食品科学工学会
会議名: 日本食品科学工学会第72回大会
回次: 72
開催地: 日本大学生物資源科学部 湘南キャンパス
開催日: 2025/08/27 - 2025/08/29
p. 35-
【講演者の紹介】
乙木 百合香(おときゆりか):東北大学大学院農学研究科 助教
略歴:2017年東北大学大学院農学研究科にて博士号取得.同大学学術研究院,Food Science and Technology, University of California, Davis 博士研究員などを経て2019年より現職.
プラズマローゲンは,抗酸化作用や細胞膜の流動性への関与,さらにはシグナル伝達分子としての機能など,さまざまな生理作用が報告されているが,その詳細には未解明な点が多く,いまだ“謎多き脂質”の一つである.私たちは質量分析を駆使して,プラズマローゲンの詳細な構造解析と機能解明に取り組んできた.本講演では,特にその抗酸化作用に焦点を当て,我々の最新の知見を紹介する.
一重項酸素は,炎症反応や光増感剤の作用によって生じる,極めて反応性の高い活性酸素種の一つである.プラズマローゲンは,この一重項酸素に対してクエンチング作用を持つことが知られている.実際に我々は,一重項酸素の関与が示唆される急性膵炎患者の血漿において,病態の進行に伴いプラズマローゲンが顕著に減少することを見出しており,プラズマローゲンが一重項酸素をクエンチングすることで消費された可能性を示唆している.一重項酸素による酸化反応は,脂質分子中の二重結合に作用して,ヒドロペルオキシドやエンドパーオキサイドを形成することから始まる.プラズマローゲンはそのsn-1位にビニルエーテル結合を有しており,ここが一重項酸素と反応してヒドロペルオキシド(またはエンドパーオキサイド)となることで,抗酸化作用を発揮すると考えられている.ただし,この反応の実証はこれまでなされていなかった.私たちは近年,質量分析(MS)を用いたヒドロペルオキシ基の位置決定法を確立した.この手法により,「プラズマローゲンが一重項酸素により酸化された際,そのヒドロペルオキシドが本当にビニルエーテル部位に生じているか」を推定可能であると考えた.そこで,この手法を用いて一重項酸素酸化を受けたプラズマローゲンの構造解析を行うこととした.
プラズマローゲンの標準品(1-(1Z-octadecenyl)-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (PlsEtn 18:0/18:1))をローズベンガルの存在下,光を照射し,一重項酸素酸化を行った.一重項酸素酸化させたPlsEtn 18:0/18:1をNa⁺の存在下でMSにインフュージョンし,Q1マススペクトルを取得したところ,m/z 785 [M+2O+Na]⁺が検出され,酸化物の生成が確認された.そこでこのプロダクトイオンを解析したところ,専らビニルエーテル基に生成したヒドロペルオキシドに起因するプロダクトイオンが検出された.プラズマローゲンはsn-2位にも不飽和脂肪酸由来の二重結合を有するが,本結果から¹O₂は,sn-2位の不飽和脂肪酸よりも,sn-1位のビニルエーテル基と速やかに反応し,おそらくエンドパーオキサイドではなくヒドロペルオキシドを生成することが示唆された.ところでQ1マススペクトル上には,m/z 785の他,多量のm/z 767 [M+2O-H₂O+Na]⁺が認められた.そこでこの化合物の構造情報を得るため,LC-MS・多波長HPLC分析を行ったところ,この化合物はビニルエーテル基に生成したヒドロペルオキシドの脱水反応で生じていると予想された.以上の結果から,ヒドロペルオキシドが確かにビニルエーテル基に生成されること,さらにビニルエーテル基に生成されたヒドロペルオキシドは速やかに脱水反応を引き起こす可能性が示された.生成物は生体にとって無毒なエステルと水であるため,こうしたプラズマローゲンの一重項酸素クエンチング機序は非常にユニークと言えるであろう.