抄録
我が国の死因の第一位をしめる心血管疾患(心筋梗塞、脳梗塞)の主要な原因は肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧が重複するいわゆる代謝症候群と考えられる。従って肥満やメタボリック症候群の原因の解明とそれに立脚した予防法や治療法の確立が重要と考えられる。肥満がインスリン抵抗性を基盤として糖尿病、高脂血症、高血圧といった生活習慣病を惹起することは良く知られているが、肥満がインスリン抵抗性を惹起するメカニズムは不明であった。脂肪萎縮性糖尿病モデルマウスに対する生理的濃度のアディポネクチンとレプチンの同時投与により、このマウスで認められたインスリン抵抗性がほぼ完全に改善することから、アディポネクチンが脂肪細胞由来のインスリン感受性ホルモンであることが明らかとなった。さらに肥満・インスリン抵抗性・2型糖尿病モデル動物であるKKAyマウスでは血中アディポネクチンが低下しており、アディポネクチンの補充によりインスリン抵抗性、2型糖尿病が改善した。このことから、肥満ではアディポネクチンの分泌が低下しインスリン抵抗性や2型糖尿病の原因となっていること、アディポネクチンの補充は肥満に伴うインスリン抵抗性や糖尿病の効果的な治療手段となりうることが明らかとなった。次にアディポネクチンの個体レベルにおける生理的な役割を明らかにする目的で、アディポネクチン欠損マウスを作製しその表現型を解析した。アディポネクチン欠損マウスはインスリン抵抗性、耐糖能異常を呈した。またアディポネクチン欠損マウスはカフ傷害誘導性の内膜肥厚が野生型マウスに比し有意に高く、抗動脈硬化作用を有することが明らかとなった。我々はアディポネクチンの受容体(adipoR1、adipoR2)をクローニングし、その発現について検討したところ、興味深いことにadipoR1、adipoR2の発現量は骨格筋、肝臓においてインスリンによって発現量が低下した。この作用は、PI3キナーゼ阻害剤・恒常的活性型Foxo1により抑制され、adipoR1、adipoR2の発現調節はこれらの分子を介したものであることが示唆された。このことから肥満ではアディポネクチンが低下し、インスリン抵抗性が惹起された状態では高インスリン血症、あるいはインスリン抵抗性や肥満そのものによりadipoR1、adipoR2の発現も低下し、さらにアディポネクチン作用が低下するという悪循環が形成されている可能性も示唆された。adipoR1、adipoR2アゴニストのみならず、その発現を増加させる薬剤の開発は新規の抗糖尿病、抗動脈硬化薬となりうると考えられる。