抄録
動脈硬化の発症・進展要因として、肥満、高血圧、高脂血症、それに耐糖能障害を主徴とする“メタボリック症候群(metabolic syndrome)”が注目されている。これまでの研究から、メタボリック症候群の成り立ちや2型糖尿病の発症にはインスリン抵抗性が重要な役割を果たすと考えられている。 血管平滑筋細胞は、粥状動脈硬化およびPCI(経皮的冠動脈インターベンション)後再狭窄の肥厚内膜における主要な構成要素である。内膜平滑筋細胞は血管壁中膜ならびに末梢血中の前駆細胞に由来すると考えられ、その増殖と遊走には、従来PDGFやHB-EGFといった細胞増殖因子の働きが重要とされてきた。インスリンレセプターもまた増殖因子レセプターと同じチロシンキナーゼの仲間に属し、事実、インスリンは培養平滑筋細胞の遊走や増殖を刺激する。ではインスリン抵抗性にしばしば随伴する高インスリン血症は、それ自体が動脈硬化を促進するのであろうか。また、PCI後の再狭窄発生率を著しく低下させたラパマイシン溶出ステントは、インスリン治療を行なっている糖尿病患者には十分な効果をもたらさない可能性が指摘されている。インスリンは複数の細胞内シグナル経路を活性化するが、ラパマイシンはその一部分しか阻害しない。それが原因であるならば、より糖尿病患者に適した治療デバイスを創出できる余地があろう。本発表では、我々の基礎的・臨床的成績をふまえ、平滑筋細胞におけるインスリン作用と動脈硬化について考えてみたい。さらに、これまでインスリン分泌過程の副産物と考えられてきたプロインスリン由来Cペプチドが血管平滑筋細胞に及ぼす作用についても言及する。