東アジアへの視点
Online ISSN : 1348-091X
対中経済連携推進による台湾の産業発展戦略 - ECFA,架け橋プロジェクトを中心に-
岸本 千佳司
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2013 年 24 巻 1 号 p. 1-14

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抄録

2008 年5 月に発足した台湾の国民党・馬英九政権は,当初より中国との融和,対中経済関係の「正常化」を推し進め,さらに2010 年6 月,自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)に相当する「海峡両岸経済協力枠組み協定」(中国語は「海峡両岸経済合作架構協議」,英語では“Economic Cooperation Framework Agreement:ECFA”。以下ECFA と記述。なお「両岸」とは中国と台湾の意)の締結を行った。これと並行して,両岸架け橋プロジェクト(中国語は「両岸搭橋専案」)や中国からの買い付け団の訪台のような中台間企業・産業協力促進の取組みも実施されている。  中台経済一体化の趨勢を反映した「チャイワン(Chaiwan = China + Taiwan)」の概念が登場し日本や韓国など周辺諸国への影響が注目されているが(伊藤,2010),その言葉から想像されるほど中台間は一枚岩ではない。台湾内部でも対中連携推進を巡っては賛否両論がある。反対派はこの政策を「中国化」と批判するが,馬政権と支持派は,孤立化回避と「国際化」が狙いであり中国との関係改善はその不可避の前提と主張する。筆者の理解では,馬政権および支持派の基本戦略は,対中連携推進によりビジネスチャンスを拡大し中国市場開拓で有利な立場を得る,それを梃子に中国ビジネスのゲートウェイとして台湾の戦略的価値を高め日米等からの外資誘致と企業間連携を促進する,そしてこれが台湾企業の競争力強化と対中(および対アジア)ビジネスチャンスの一層の拡大に繋がる,といったものである。ECFA の関税減免により必ずしも工場を中国に設立する必要がなくなり台湾本国での投資が増えるという期待もある。このサイクルが展開することで,台湾の経済活性化と雇用創出および産業構造改革も達成され,行く行くは台湾を「外国企業のエリア運営センター」「台湾企業のグローバル営業総本部」「アジア太平洋の経済・貿易の中枢」へと発展させることが企図されている。他方,反対派は,ECFA の実質的利点はさほど大きくないと考え,むしろ中国からの製品・資本の流入による国内中小企業へのダメージや中国の影響力浸透のリスクを重視する。また言語・文化・地理的親近性と経済規模の圧倒的格差から結局は中国に資本・人材が吸引され台湾の空洞化が加速することを懸念する。さらに対中連携を梃子に台湾の戦略的価値を高めアジアの地域経済センター化を目指す構想についても非現実的な期待に過ぎないと切って捨てる(詳しくは,岸本,2012a 参照)。  馬政権の第1 期の経済実績は芳しくなかったが,その主たる原因は世界不況にある。中国との交渉の仕組みを構築し,ECFA や架け橋プロジェクト等の経済交流の枠組みを整え,中国人観光客受け入れや海運・空運で目にみえる成果を上げた点は有権者から一定の評価を受けたとみられる。これを背景に2012 年1 月の総統選挙で再選され,同年5 月に馬政権の第2 期目が始まった。上述の戦略の成否を最終的に評価するには時期尚早だが,第1 期から数えてすでに数年経過しており,現在(本稿執筆中の2012 年12 月末時点)までの進捗状況を分析することは必要である。本稿では,対中連携推進策の柱としてECFA と両岸架け橋プロジェクトに注目し,また中国ビジネスのゲートウェイ化による外資誘致と「国際化」追求の例として日本との連携推進を取り上げ,これまでの成果と課題および今後注目すべき点について検討する。

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© 2013 公益財団法人 アジア成長研究所
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