日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会秋季学術大会
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1920年代のロサンゼルスにおける日系移民の適応戦略とローカルホスト社会
*矢ヶ崎 典隆椿 真智子
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p. 173

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抄録
 移民集団は、ホスト社会の中で生存して行くためにさまざまな適応戦略を用いる。適応戦略とは、ローカルホスト社会の居住空間に存在する隙間と経済に存在する隙間をみつけて、そこに入り込むための方法である。このような適応戦略は、民族組織、居住形態、就業構造に分けて検討することができる。本研究は、移民の適応戦略に着目することにより、1920年代のロサンゼルスというローカルホスト社会に展開した日系移民社会の特徴を明らかにすることを目的とする。日系移民社会に関して断片的な研究は蓄積されつつあるが、日系移民社会とローカルホスト社会の全体像に関しては解明されていないのが現状である。 カリフォルニアの日系移民にとって、1920年代はさまざまな制度的および非制度的圧力を受けた時代であった。カリフォルニア州外国人土地法は1920年代に入って強化されたし、1924年移民法は日本人排斥法と呼ばれて日本人の流入にとって大きな障壁となった。一方、アメリカ生まれの日系二世が増加し、日系社会は定着と成熟の兆しをみせることになった。この時代に、ロサンゼルス大都市圏では都市化が進行し、経済活動が活発化し、人口は増加した。同時代のサンフランシスコに比べれば、ロサンゼルス大都市圏における経済成長は著しく、移民集団が進出できる可能性は大きかった。 1920年代のロサンゼルスでは、経済的、文化的、社会的などの活動を目的として、日系移民社会には多様な民族組織が存在した。これらは、日系移民が自らの利益を保護するための自衛手段であったし、文化的社会的な絆を維持するための手段であった。日系住所録などを資料として、このような民族組織の種類と分布を復元することができた。また、『海外各地在留邦人職業別人口』(外務省通商局、大正12年)および日系住所録を資料として、ロサンゼルスにおける日系移民の就業構造が明らかになった。民族集団型業種とホスト社会型業種など、多様な業種に進出していた日系移民の経済活動が明らかになった。さらに、居住形態に関して、『加州羅府日本人商業区域明細図』に基づいて、1926年における日系事業所の分布を復元するとともに、エスニック・タウンとしてのリトル東京の特徴について考察した。 本研究で用いた考察の枠組みに基づいて、サンフランシスコの日系移民社会を研究すれば、ローカルホスト社会において日系移民社会を検討することの重要性が明らかになる。また、1930年代、さらに第二次世界大戦後の日系移民社会を検討することによって、移民社会とホスト社会の動態が明らかになる。
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