抄録
1.はしがき 北上低地西縁断層帯は,北上低地と西側の奥羽山脈を境する山麓線に沿って発達しており,延長60kmに達する東北日本の主要な逆断層帯である。断層帯の活動性を評価するためにこれまでに数多くのトレンチ調査が行われ,最新の活動は4000_から_4500年前にあったことが明らかにされている(渡辺ほか,1994;粟田ほか1988;岩手県,1998)。これらの調査結果を受けて,2001年6月に地震調査推進本部によって地震危険度の評価が公表されたが,評価文にも付記されているように,これまでの調査で最新活動の時期が正確に捉えられているとは言いがたい。2.調査地点と研究方法 本研究では,北上低地西縁断層帯の中央部付近の上平(うわんだいら)断層群において,最新活動時期を明らかにする調査を実施した。調査地点は花巻市西方の北湯口で,渡辺ほか(1994)や岩手県(1988)が調査対象とした断層トレースより約150m東側に認められる沖積扇状地面上の撓曲崖(宮内ほか,2002)である。この撓曲崖は,東傾斜の沖積扇状地面を横切るように北北東_---_南南西方向に延びており,幅数10mの広い変形帯をなしている。本研究では,撓曲崖を挟んだ両側でジオスライサーを用いて地層を採取し,変形した地形面の形成年代を明らかにすることで最新活動時期を推定した。3.撓曲崖の地形・地質断面 ジオスライサーによる地層抜き取りは,撓曲崖を挟んで西側6本,東側1本の合計7本行った(図1)。得られた試料の観察から,地表面下0.6_から_1mに腐植層(Hu1層)が連続していることが明らかとなった。また,その上位には小礫_から_シルトからなる河成の堆積層が見られ,地表面直下0.2_から_0.5mに見られる人工改変層とは明瞭に区分できた。Hu1層の分布高度は,撓曲崖の地形断面とほぼ平行しており,この地形面とHu1層が受けた断層変位の回数は同じであり,少なくともHu1層より上位の地層は撓曲変形を受けた沖積扇状地面を構成する堆積物ということができる。撓曲崖の比高は1_から_2mであり,その大きさから考えて,断層変位は一回のみであると思われる。4.最新活動時期 抜き取り調査で得られた自然堆積層の堆積以降に断層活動は一回のみで,最新活動は自然堆積層から得られた最も新しい年代値以降であると考えられる。自然堆積層中から採取した腐植層や材の年代測定を実施したところ,連続する腐植層(Hu1層)からはおよそ6000yBP,その上位の河成堆積物からは3276±68yBPの年代値が得られた(図2)。このことから,調査をした断層トレースの最新活動時期は約3300年前以降であるといえる。また,このトレースでは少なくとも約3300_から_6000年前の間には断層活動はなかったものと考えられ,西側のトレースでの最新活動時(4000_から_4500年前)には活動していないことになる。5.まとめ 最新活動の時期と上下変位量についてトレース毎にまとめると,東側のトレースでは約3300年前以降で1_から_2m,西側のトレースでは約4500年前で約2mとなり,変位量に大きな差はないことが明らかとなった。これらの時期と変位量は,地震調査推進本部が評価に用いた情報とは大きく異なる。本調査地点のように,大規模なトレンチを掘削しなければ,活動時期や変位量を解明できないような幅の広い撓曲崖として認められる断層においては,微小変位地形の解析は有効な手法であると思われる。
