抄録
1.はじめに近年,世界的に自然災害による損失が増加している.その損失を軽減するために,災害リスクのコントロールとともにファイナンシングがますます重要視されている.また,ファイナンシングが,水害からの生活再建を進める上で,建物や家財などの物的被害の修理・再建だけではなく,被災者自身の精神的な健康のためにも不可欠であると言われている.しかし,水害保険,地震保険などの災害保険の加入率は低い.なぜ,加入率が低いのだろう.保険加入行動の規定要因として,どのようなものがあるのだろう.水害保険加入率を向上させるために,本研究は,水害保険加入行動に関する分析フレームワークを提案し,その規定要因と構造を検討していく。2.保険加入行動の分析フレームワークの構築2.1 商品としての水害保険の仕組み現在,日本では独立した水害保険制度がなく,一般には,居住用建物やこれに収容される家財を対象とする住宅総合保険,もしくは,店舗総合保険に加入すると,水害リスクがカバーされる.ここでは,このような水害保険を組み込んだ保険に加入する行動を水害保険加入行動と呼ぶことにする.水害保険金の支払いは,通常,全体の担保力などとの兼ね合いで,損害割合に応じて三段階的に行う.今のところは,損害額を100%支払えるという段階には全体的にまだ至っていない.2.2 水害保険加入行動の分析フレームワーク水害保険加入行動にいたる流れは,インプット,情報処理,意思決定過程,意思決定過程に影響する変数の4つに分けられる.インプットとしては,保険会社などによる商品としての災害保険のマーケティング活動等からの刺激と,自然災害の被害体験やマスコミなどによる報道からの刺激がある.刺激を受けた(接触した)人々は,注意,理解,受容,保持などの心理的情報処理によって,記憶し,保険加入の需要が喚起され,保険加入の意思決定を起こす.その意思決定過程は,保険加入のニーズ認知,情報収集,代替案評価,保険加入,被害にあった場合の保険会社による被害補てん行動,取引の最終結果,最終結果への満足度,そして,保険加入のニーズ認知へのフィードバックから構成される.意思決定の全過程は,環境要因と個人差要因に影響される.3.郡山市調査概要と結果3.1 郡山市調査概要郡山市は度々水害に見舞われている.「阿武隈川の平成大改修」による洪水被害軽減効果があったとはいえ,平成14年の台風6号で,郡山市に限っても浸水面積112ヘクタール,浸水戸数227戸といった被害を受けた.このような水害多発地域において,住民の水害保険加入行動の実態及びその行動の規定要因を明らかにし,住民の水害保険加入行動を活発化させる方策を導くのが,本調査の主な目的である.本調査は,悉皆調査で,防災科学技術研究所と群馬大学工学部片田研究室によって,平成14年9月15日から10月17日にかけて行われた.訪問配布・郵送回収という方法をとり,回収率は336/2995=11.2%であった.3.2 郡山市調査の主な結果郡山市における水害保険の加入行動とその要因について,その分析結果を要約すると,回答者年齢,職業,世帯構成,居住歴,住宅所属,世帯収入といった世帯差,ハザードマップの作成・公表と「阿武隈川の平成の大改修」といった生活環境,被害経験と浸水可能性への認知と自宅の予想浸水深への認知といった水害リスク認知,等々が保険加入行動に影響を与えることが実証された.構造分析では,水害保険加入行動に最も影響を与えるのは,水害リスク認知であり,特に中でも床下・床上浸水の確率への認知と平成14年の被害経験であることが標準化回帰係数で明らかになった.また,元からの住民は長く住んでいる転入者より加入率が低いこと,高齢者は加入率が低いこと,一人当たりの年収が低い方と高い方は加入率が低いこと,50年に1回の浸水確率が住民の防備行動を取るか否かの分岐点であること,個々の水害防備対策が保険加入とは代替関係ではなく,相乗関係であることが分かった.4.おわりに今回の研究のインプリケーションとして,より多くの世帯に水害保険に加入してもらうには,まず,住民への災害教育・体験などを通じて,水害リスクを正しく認知してもらうことが重要になる.そして,住民の不信などを取り除くために,保険制度の見直しや保険業界のモラルの向上なども不可欠である。