抄録
_I_ はじめに 日本の地場産業は,生産規模の縮小が,より一層深刻化し,産地崩壊といった危機的状況にあるところも少なくない。しかしながら,地場産業は現在においても,産出額や労働力の面で地域経済のかなりの部分を占めるとともに,地域社会におけるアイデンティティ形成の象徴として,地域おこしの中核的役割を担っているところも多い。東京一極集中の地域構造が再び強まりつつある中で,地場産業が復興することによって地域経済を再生させていくという期待は高い。しかしながら,海外競争が激化するとともに,日本経済が低迷し,地場産業産地の多くは新たな産地のあり方を模索することが求められてきている。 本報告では,景気低迷期における地場産業の産地が抱える問題点を産地構造の視点から考察することを目的とする。研究対象としては,秋田県角館町およびその周辺地域の樺細工産業を事例とした。なお,本稿の分析は,樺細工製作を行う23事業者,5社の問屋,および協同組合に対しての聞き取り調査をもとに行う。_II_ 樺細工産業の生産流通構造 樺細工製作者は事業者間で階層分化はみられるほどではなく,いずれも零細な規模である。樺細工製作者は,受注連関から,問屋に専属,あるいは事実上1社からの注文で生産している者と,複数の問屋から注文を受けて仕事をしている者とに分けられる。経験年数が浅い場合には専属で受注関係を維持する傾向がみられるが,伝統工芸士など技術力の高い人は複数の問屋と取引し,系列構造は以前ほど固定的ではなくなってきている。 しかしながら,問屋と職人による問屋制家内工業の的な形態は,明治期以来,基本的に引き継がれている。加工賃単価は,低い状態に据え置かれたままで,上代価格の3分の1弱が相場であり,問屋の側に価格決定権がある。原料桜皮の支給形態は減少したものの,職人側に販路と生産品目を選択する余地はほとんどはなく,一部の高級品を除くと,職人の名前がブランドとして市場で認識されることも限られている。 このような問屋制的な家内工業が現在なお存続しているのは,第1に,樺細工産業は,原料を仕入れてから,製造,販売して代金を回収するまで,長期間を要することがあげられる。第2に,樺細工産業が,木地製作や文様づけを除くと社会的分業は進んでおらず,職人による一貫生産が基本となっていることがあげられる。第3に,消費財を販売するとなると必然的に顧客は多数に上ることになり,顧客が少数ならば注文はかなり不定期となることがあげられる。_III_ 樺細工産業の抱える問題_丸1_新製品開発の限界性 産地において新商品の開発は行われているが,茶筒や茶箕に並ぶアイテムに成長してはいない。問屋制的な家内工業の生産体制の下で,各職人は賃加工を担当しているにすぎず,職人の間に蓄積された技術や知識が,新製品に生かされることなく,生産現場と商品開発が分断されている。_丸2_原料桜皮の盗採問題 樹木の所有者に無断で採取する盗採事件が1990年代の終わり頃から頻発している。こうした問題も,生産構造との関連を認めることができる。職人の名前が市場で表に出ることはほとんどないため,生産された商品に対して最終的に生産者が責任を持つという意識に乏しい職人も少なからずみられる。各々の職人は製品市場からは遮断されているため,長期的な視野に立って原料調達を行うという観点が醸成されにくい構造となっている。_丸3_類似品輸入問題 1999_から_2000年ごろから,中国から角館樺細工の茶筒などの類似品が輸入され,市場に出回るようになってきた。産地に責任はないが,新たに登場してきたカタログギフトなどの消費形態や流通経路に対して産地側に主導権がないことや,桜皮財細工の知名度が低いことも,問題の発生を食い止めることができなかったいえよう。