日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会秋季学術大会
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東京特別区におけるバブル崩壊後のマンション立地の変容
*山田 浩久
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p. 84

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抄録

 1980年代後半に発生したわが国のバブル景気は1990年代初頭に崩壊した。また,その後の景気低迷は2000年代に入っても継続し,現在に至っている。このような景気の急変動と長期的な不況は,わが国の産業構造や国民の消費行動に多大な影響を及ぼし,空間構造を大きく変容させる基本的背景となった。とくに,大都市域においては不況期といえども土地を未利用地のまま放置することはできず,バブル崩壊後の土地利用転換が新たな都市空間を創造して,都市域全体の機能変化に至っていると考えられる。なかでも,景気低迷による商業機能の低下と地価下落による住宅供給の増大は,いわゆる「都心回帰」の状況を生じさせているという指摘がなされている そこで,本研究では東京圏の中心都市として機能する東京特別区を対象にして,マンション立地の変容を明らかにすることによって,バブル崩壊後の都市機能変化に対する説明を試みる。マンションは,その立地特性から都市の居住機能と商業機能の空間的境界に立地することが多く,都市機能の変化を居住機能の側から捉えるのに適した研究対象であると考える。そのため,本研究では,区分所有法に基づく民間分譲集合住宅をマンションと定義し,賃貸,公営,給与といった立地特性の異なる他の集合住宅は研究対象としない。なお,マンションデータには,RITS総合研究所発行の『マンションデータマップ』を使用し,地価データには『地価公示』を使用した。 1993年から2002年までに東京特別区で販売されたマンションは5,756棟であり,総戸数は287,691戸に達する。また,東京圏全域に対する比率は,1993年には22.0%であったが,2002年には48.9%にまで上昇した。このようなマンション立地の「都心回帰」は1990年代において顕著に進行した。一方,東京特別区の常住人口は1995年から2000年にかけて16万人増加した(国勢調査)。これらのことから東京特別区における集中的なマンション立地は,人口の「都心回帰」をも引き起こしたかのように言われることがある。 しかしながら,16万人の人口増加は東京圏外からの転入増と特別区からの転出減によるものであり,東京市町村部および隣接3県からの転入に大きな変動はない。つまり,特別区内におけるマンション供給量の増加は,周辺地域から人口を吸引する要因にはならず,特別区内の人口を滞留させる主要因になったと考えるべきである。 『地価公示』のデータをGISに入力し,IDW(Inverse Distance Weighted)補間によって地価分布図を作成し,その上にマンション分布をオーバーレイしてみると,各年次ともに100万円/_m2_代の土地がマンション建設の一般的な上限となっており,200万円/_m2_を超えるとマンションの建設棟数は急激に低下することが分かる。一方,その下限はおよそ20万円/_m2_である。また,マンションの販売価格単価は,立地場所の地価に比例する傾向がある。しかし,100万円/_m2_を超える土地に立地するマンションの販売価格単価にはそのような対応関係はなく,販売価格単価が高めに設定されるいわゆる「高級」マンションの多くは,立地限界ぎりぎりの土地に立地するというよりはむしろ,都心隣接部の100万円/_m2_程度の土地に立地する。 マンション立地の「都心回帰」は,高次商業機能に特化した都心部および都心隣接部に対する住居機能の混入を意味し,入居者の需要を満たすために立地した新たな商業施設とともに都心および都心隣接部における都市機能の再編を促進する一要因になっている。 地価の下落が沈静化し,マンションの開発可能域の拡大を望めなくなった近年の状況を見ると,都心部に対するマンション開発が今後も継続していくとは考えにくい。一方,これまでのマンション開発に起因する都市機能の再編は,土地評価を局地的に高めて地価の上昇圧力になると考えられる。1990年代は地価が土地利用を変化させた時期であるとすれば,2000年代は土地利用が地価を変動させる時期であり,現在は地価と土地利用との相互規定的関係が逆転する転換期と位置付けられる。

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© 2003 公益社団法人 日本地理学会
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