抄録
はじめに 南九州,鹿児島湾の湾奥を占める姶良カルデラは海水で満たされているため,周囲の海岸には完新世旧海水準の種々の痕跡が残されている.これまで,北西岸から北岸にかけて分布する完新世海成段丘面の編年と分布高度から,完新世において姶良カルデラの中央部を中心として隆起が生じたとされ,さらにそうした隆起は,鹿児島湾とその周辺域では姶良カルデラに限られることと,最近の桜島の噴火に伴う姶良カルデラの地殻変動様式が完新世の隆起様式と類似していることから,姶良カルデラの火山活動に関わったものであることが示唆されている(森脇,2002).こうした問題を詳しく検討するには,カルデラ全体にわたる資料の蓄積を必要とする.今回,姶良カルデラ北東縁にあたる鹿児島湾奥北東岸と,南西縁にあたる鹿児島湾奥南西岸において,完新世離水貝化石を見出し,その14C年代を得たので,ここに報告する.姶良カルデラ北東縁:試料が採取された若尊鼻の岩石海岸は,姶良カルデラ壁にあたる.このすぐ沖には,入戸火砕流の噴出口とされる若尊カルデラがある.ここには離水した波食棚などはみられないが,長径数メートルの岩塊に付着した貝化石ーカキ,キクザル,オハグロガキ,ヤッコカンザシコカイーが数個見いだされた.それらは,現在の平均海水準上+4.5_から_+4.8mと+2.8m_から_+3.2mの2層準に集中する.そのうちの3個の貝化石について,次のようなC-14年代が得られた.1) 7330_から_7200 cal BP (カキ,海抜高度: +4.5 m).2) 7810_から_7660 cal BP (キクザル,海抜高度:+4.6 m), 3) 7620_から_7490 cal BP (キクザルまたはカキ,海抜高度:+2.8 m). これらの資料から,縄文海進最高頂期の海面の海抜高度は +4.5 m付近にあると考えられる.この地点の西方にある国分平野には完新世海成段丘が分布する.段丘面の海抜高度は西から東_--_若尊鼻方向_--_に+15mから+7mと低くなる.この調査地点のすぐ西の敷根地区にはこのように顕著な段丘地形は認められない.平野西側の完新世段丘構成堆積物中には地表に近い層位にアカホヤ火山灰が介在し,その面の離水年代はここで求められた年代にほぼ一致する.こうしたことは,姶良カルデラ北東から北岸にかけては,完新世において西方に高度を増すような隆起が生じていることを示す.姶良カルデラ南西縁:ここでの完新世旧海水準の高度と年代試料は,甲突川平野南西部の鹿児島大学構内から得られた.ここは姶良カルデラ縁の外側に位置する.ここでは,モクハチアオイを主体とする貝層が見出された.その上限の海抜高度は+0.75mである.海抜高度+0.25mから採取されたモクハチアオイのC-14年代は6640_から_6400 cal BPである.ここの貝層上限の海抜高度は姶良カルデラ北西縁の鹿児島湾奥北西岸や姶良カルデラ内にある桜島北岸での完新世旧海水準の高度よりも低い.その年代が縄文海進最高頂期の年代よりも若干新しいことを考慮しても,この地点での完新世の隆起量は小さい.甲突川平野内にはカルデラにより近い稲荷川周辺で海抜高度+10mに及ぶ完新世海成段丘面がある.これらのことは,姶良カルデラ北西側と同様,姶良カルデラ南西側でも,カルデラ中央部に近づくにつれて,完新世旧海水準の高度が増す傾向を示す.これまでと今回の資料から,完新世旧海水準の高度は姶良カルデラ西半部の沿岸においてより高い.それは姶良カルデラの西寄りに完新世の隆起の中心があることを示唆し,最近の桜島の火山活動に伴う地盤変動と調和しているようにみえる.