抄録
_I_.はじめに
現在の日本の丘陵地には,植林されたスギ林やコナラ・ミズナラなどを主とする二次林の植生景観が分布する。このような植生景観の成立過程には,過去の人間活動が大きな影響を与えている。とくに,近世以降の林野利用や1940年代以降のスギの植林事業は,丘陵地の景観を大きく変化させた。
演者らは,奥羽脊梁山脈東縁の丘陵地に位置する,地すべり起源の閉塞凹地である宮城県花山村大沼湿原において,湿原堆積物の層相と花粉組成,14C年代を明らかにした。その結果,過去1,500年間の植生を復元するとともに,人間活動の植生景観への影響について検討した。
_II_.湿原堆積物と14C年代
試料は,Hiller型ピートサンプラーを用いて,湿原内の7地点から採取した。本湿原堆積物は,地表から_-_290cmまでが泥炭または泥炭質シルト,_-_290_から__-_430cmでは凝灰岩質の細礫を含む粘土層となる。また,_-_185_から__-_198cmにはガラス質の白色テフラが挟在し,14C年代および火山ガラス屈折率からみて,AD915年に降下した十和田aテフラと考えられる。
本湿原堆積物における14C年代測定の結果,_-_95_から__-_105cmの泥炭層で360±30 yrs BP(TH-2048),_-_200_から__-_220cmの泥炭質シルト層(白色テフラ層直下)では,910±30 yrs BP(TH-2049)の年代値を得た。したがって,本湿原堆積物における泥炭および泥炭質シルト層最下部の年代は,約1,500年前と見積もられる。
_III_.花粉分析
花粉分析は,KOH-HF-アセトリシス法によった。その結果,木本花粉の消長にもとづき,下位よりHO-1帯, HO-2帯, HO-3帯, HO-4帯の4つの局地花粉帯(以下,「花粉帯」または「帯」と略す)に区分した。
HO-1帯では,Fagusが高率で出現し、Quercusがこれに次ぐ。HO-2帯ではQuerucusが高率で出現し,Fagusの出現率が減少する。HO-3帯は,PinusとCryptomeriaの出現率の増加で特徴づけられる。HO-4帯ではCryptomeriaが50%以上の高率を示し,最大で80%以上の出現率になる。
したがって,各花粉帯期から復元される植生は,HO-1帯期(約1,500_から_400年前)は,ブナを主とする冷温帯性落葉広葉樹林,HO-2帯期(約400_から_150年前)はコナラ・ミズナラの二次林である。HO-3帯期(約150年_から_近年)はアカマツの二次林と小規模なスギの植林,HO-4帯期(近年)では大規模なスギの植林地の拡大が示される。
_IV_.結論と今後の課題
宮城県花山村周辺の丘陵地における人間活動に伴う過去約1,500年間の植生景観の変遷は,以下のようになる。約400年前以前には,ブナ林(極相林)が保たれ,人間活動の影響は小規模であった。約400年前頃に,二次林化が進みコナラ・ミズナラ林が拡大した。約150年前以降には小規模なスギの植林が行われ,近年では大規模なスギの植林が行われた。今後は,本研究結果と歴史資料などとの整合性から、本研究地における丘陵地の森林と人間活動との関わりについて明らかにしたい。