抄録
1 はじめに本研究地域においては表面(ガリー)侵食が最近数十年のあいだに激化し、農地の侵食や消失という被害が生じた(Chinen, 1999)。人口増加を背景にして農業生産への需要が高まるなか、農民がどのようにしてこのような地表面状態の変化に対応するのかーこの問いをきっかけにして本テーマに向きあった。内陸部での定住、農地利用の拡大、野菜・果樹園の増加に、井戸水位の変動が関係するように予想された。2 研究地域と方法調査地は首都ニアメイ(北緯13°東経2°)付近のクーテレ流域である(図)。ニアメイ周辺は低平な地形ー鉄キュイラスに覆われた台地(第三紀層であるContinental Terminal層)、緩斜面、浅い谷ーからなる(Chinen, 1999)。サヘルの一画をなす調査地にはところどころに固定(あるいは半固定)砂丘が分布する。水蝕と風蝕(飛砂)が複合する地域である。1年が雨季と乾季にわかれる。ニアメイにおける年平均降雨量は560mm(1943_から_1995)である調査地にはフルベを中心とする民族が住む。天水農業中心の生業が営まれているが、牧畜にかかわる人々も暮らしている。主作物はとうじんびえ(ミレット)である。井戸水位の変動調査は農民の聴きとりにもとづく。聴きとりにはなるべく現場に精通しているインフォーマントを選んだ。時期を違えて何度か同じ井戸を訪問し、また複数人の話をクロスチェックしながら、水位変動を理解しようと努めた。調査は1996年_から_2003年のあいだ断片的におこなった。3 結果本研究は、サンプル(井戸)数は少ないものの、井戸水位が最近数十年間おおむね上昇傾向にあることを示している。ひろい台地を浅い谷が穿つような地勢は、谷部に井戸が掘られると水位上昇をうながす可能性を示唆する。井戸水位上昇の原因特定は容易でないが、いずれにせよ農民たちの多くは、井戸を掘れば水位は上昇してくるとの「思い」を強くもつようになった。土地利用との関連で考えると、農民たちの井戸水位上昇という「発見」(新たな認識)が、ニジェール川からより離れた土地での定住、農地拡大、野菜・果樹園の増加に通底すると思われる。