抄録
1. はじめに 本報告では山口県の小学校の教育現場の事例を中心に,学び方・調べ方・まとめ方といったいわゆる「地理的スキル」を実践する上での課題について検討する。その際,発表者らの経験から以下の諸点を課題として取り上げたい。(1)時間や経費などの技術的課題(2)どの学年でどこまでを教えるのかという系統性やカリキュラムにかかわる課題(3)何を教えるのかという学習内容とその意義にかかわる課題。の3点である。2.技術的課題 現在,小学校で「まちたんけん」(2年生活科)や「学校のまわりの様子」(3年社会科)といった学習活動をおこなっておりこうした活動は,「調べる」能力を身につける上では大きな効果があると考えられる。しかし,現実に学校の外に出かける上では,安全面が最も気がかりな事項となる。担任一人で30人以上を引率するのは管理上非常に困難で,「学習ボランティア」という保護者の協力を依頼しているが,なかなか人員を確保できない。こうした人的支援の他に,教材や施設の整備として,以下を揚げることができる。国内の産業の学習では、学ぶ産業を選択できるはずなのだが、実際は教科書に掲載され,資料及び単元構成が充実している産業(米作り・漁業・自動車工業)を学習する傾向にある。しかし,学校から遠く離れていて容易には見学できない産業もある。教科書にある産業ならば資料はあるが、見学が難しい。地元の産業ならば見学しやすいが、学習を広めるだけの教材準備・単元構成ができない。身近な地域の範囲内だけで産業を学べばよいのではなく、国内の産業の様子まで広げる必要があるので、結局,資料の豊富な教科書の産業を選択して,遠くまで見学に行き、その後ビデオ資料やインターネットを活用して収集した資料などによって調べ学習を行っている。学校単位で地元産業の資料について蓄積できるとよいのだが、実際はそれができていない。他にも,数年すると内容的に古くなってしまう教材をどのように更新するか。優れた教材などの(PC)ソフトが高価で購入が困難という問題などがある。3.学習内容の系統性,カリキュラムにかかわる課題 どの学年でどこまでを教えるかという問題がある。地図学習に則せば,小学校でどれだけ身につけておかねばならないのだろうか。地図を利用して「なぜそこに○○があるのか」と考える力を養うことは,各学年の発達段階に応じて行なわなければならないが。どの時点で何を持って評価するのか。学年進行に従って,今の学習内容が次の段階でどう活かされるのかを踏まえた,全体のデザインが必要である。これは同時に小学校と中学校間の学習内容についてもいえることである。また,3年で地図記号や方位など基本的な事項を学習し,4年では身近な地域,あるいは自分たちの住んでいる市町村や県を教材にした授業となる。その際,身近な地域の地図を教材として利用することは,3年時の学習内容との系統性から効果的といえるが,そうした地図教材の蓄積がないという問題がある。これは技術的課題でもあるが,結局,教材の充実した他地域を取り上げた授業をおこなっているのが現状である。身近な地域の教材化・地図化をおこなえる能力が求められる。4.内容的課題 「考えたり,自分の意見を述べたりする授業への改善」が求められてきたが、実際指導している教師にとっては実に曖昧で難しい部分である。何を考えさせるのか、どうやって考えさせるのかがはっきりしないため、教師の戸惑いも多い。同様に,調べ方を身につける学習や体験的な学習が求められてきたが、課題の持たせ方や調べ方の指導について手探り状態で進めているのが実情である。例えば5年の日本の様子という単元では,まず日本の形を地図で確かめたり、地形・季節について調べたりして、全体的な概要をつかみ,次に気候が特徴的であるということから、沖縄と北海道の気候をいかしたくらしや歴史・文化について調べ,比較したりしている。その際、主題は北海道と沖縄の地域学習なのか,それとも気候が違えばくらしが違うということを一般的に学ぶための学習なのか,後者ならば歴史や独特の文化まで学ぶ必要はあるのか,また,山口県から見た北海道・沖縄は「異質」にうつり、異質性のみを強調することにならないかなどといった問題がある。 逆説的には,以上述べてきた諸課題に対応できるような教員の養成が求められているともいえる。