抄録
1.はじめに 長大な活断層系が時空間的にどのようなパターンで破壊するのかという「断層セグメンテーション」の問題は,活断層研究および地震学における重要な研究課題のひとつである.この課題にアプローチするため,ルソン島のフィリピン断層系を対象とした地形・古地震調査を行っている.本発表では,断層の分岐形態や上下変位パターンに着目したセグメンテーションモデルを提示し,各セグメントにおけるトレンチ掘削調査の予察的な結果を紹介する.2.断層の幾何学的形態とセグメンテーションモデル フィリピン断層系はフィリピン諸島を北北西_---_南南東方向に縦断する延長1200km以上の左横ずれ断層である.中央構造線やスマトラ断層などと同様に,海洋プレートの斜め沈み込みに起因する島弧中央横ずれ断層であると考えられている(Fitch, 1972).ルソン島におけるフィリピン断層系は,左雁行配列する4条の活断層から構成される(図1,Nakata et al., 1977;平野ほか,1986).1990年のルソン地震(MW7.7)ではDigdig断層のほぼ全域が破壊し,長さ約120kmにおよぶ地表地震断層が現れた(中田ほか,1990).Digdig断層の南部とその東に位置するGabaldon断層の北部は約35kmにわたって並走し,しかも両断層間の距離は最小で500m,最大でも2.5kmである.しかしながら,1990年の地震ではDigdig断層の破壊はこの小規模なステップオーバーに阻まれGabaldon断層へはのり移らなかった.同様に,Rizal付近でDigdig断層に対して左ステップするSan Jose断層も未破壊のまま残された.中田ほか(1990)は,Gabaldon断層が1645年の地震で,San Manuel断層が1796年の地震で破壊した可能性を指摘した.このようにルソン島におけるフィリピン断層系は,最新の地震サイクルに限ってみれば,個々の活断層が独立した起震断層である可能性が高く,断層の幾何学的形態と破壊の開始・終息の関係を検討できる絶好のフィールドである. 中田ほか(1998)が提示した起震断層モデルを適用すると,ルソン島のフィリピン断層系を3つのセグメントに分割することができる(図1).Gabaldon断層は北端部では北に向かって分岐する形状が,またGabaldon以南では南に向かって分岐する形状が認められ,単独の起震断層であると考えられる.San Manuel断層とSan Jose断層の間には,約10kmにわたり断層の分布が不明瞭な沖積低地が存在し,従来両者は独立した起震断層であると考えられてきた.しかし最近の空中写真判読で,この区間に新たに低断層崖が発見され,San Manuel断層がSan Jose断層と連続することが明らかとなった.San Manuel断層は,San Quintin付近でSan Jose断層が北に向かって分岐する西側のトレースにあたり,両者は一括して活動する起震断層であると考えられる.またSan Joseの南にも新たに低断層崖が確認され,San Jose断層の南端はRizal西方までのびていることが明らかとなった.1990年地震の破壊開始点は3つのセグメントが会合する位置にあたり,地震発生メカニズムを考える上で興味深い.3.トレンチ掘削調査 上記のセグメント区分を検証するためには,各セグメント(断層)の活動履歴の解明が必要であり,そのためにトレンチ掘削調査を行っている.これまでにDigdig断層とSan Jose断層の掘削調査を行った.それぞれの調査地点で明瞭な断層が現れ,過去3_から_4回の断層活動の痕跡を認めることができた.採取された年代試料は現在測定中であり,今後個々のセグメントの最新活動時期・活動間隔等について検討する予定である.