抄録
_I_ グローバルとローカルに関する研究の枠組み インドの経済自由化政策は外資の導入による急激な経済成長をもたらしたが、これは同時に先進工業国を頂点としたグローバル化経済圏の中に組み込まれることとなった。これはインド農村にどのような影響を及ぼしたのであろうか。本発表では、経済自由化以降のインド農村の変化を、経済のグローバル化による空間の再編成の一環ととらえる。一般に、グローバル化とは、空間と時間の圧縮からもたらされる現象を指す。輸送機関の高速化と近年のIT技術などによるコミュニケーション技術の発達により時間と空間の圧縮が加速度的に進む。その結果、ローカルな事象が遠隔地の事象と結びつくことにより、ローカルな文脈から切り離される「脱領域化」が進む。これはローカルな存在を「同一化」、等質化、標準化させる原動力となる。しかしながら「脱領域化」や「同一化」に対して、「再領域化」や「差異化」が生じる。例えば、ナショナリズムの先鋭化や流動資本に対して政府がトービン税を課して捕捉しようとする試みなどがナショナルな「再領域化」として挙げられる。グローバル化はこのような「脱領域化」と「再領域化」、また「同一化」と「差異化」のせめぎ合いでもある。このようなせめぎ合いは、ナショナルのみではなく、リージョナルやローカルの空間スケールにおいて生じる。本発表では、特に、ローカルな存在の農村空間が近代化されることにより「脱領域化」かつ「再領域化」される過程を分析する。Giddens (1990)によれば、近代化は、必然的にグローバル化を推し進める。また、グローバル化とは、「ある場所で生じる事象が、はるか遠く離れたところで生じた事件によって方向づけられたり、逆に、ある場所で生じた事件がはるか遠く離れた場所で生ずる事象を方向づけていくというかたちで、遠く隔たった地域を相互に結びつけていく、そうした世界規模の社会関係が強まっていくこと」とされている。この近代化のダイナニズムの源泉には以下の3つがある。_丸1_時間と空間の分離=時空間が無限に拡大する。_丸2_社会システムの「脱埋め込み」が生じる。これは社会関係を相互行為のローカルな脈絡から「引き離し」、時空間の無限の拡がりのなかに再構築する。_丸2_は_丸1_を前提とすると同時に_丸1_を促進する。_丸3_知識の再帰的専有=社会生活を伝統の不変固定性から徐々に解放する。特に_丸2_がローカルな存在である開発途上国の農村空間の変化を考える際には不可欠の要素となる。つまり、「脱埋め込み」:ローカルな脈絡に結びつけられていた時間と空間を切り離し、それを無限の広がりのなかに再構築するのである。しかし、これは同時に、再埋め込み「脱埋め込みを達成した社会関係が、(いかにローカルな、あるいは一時的なかたちのものであっても)時間的、空間的に限定された状況のなかで、再度充当利用されたり、作り直されていくこと」のである。これらの過程の中で、ローカルな農村空間が「脱領域化」かつ「再領域化」される。_II_ 調査農村西ベンガル州(1992年)・カルナータカ州(1993年・2001年・2002年)・マディヤ・プラデーシュ州(1996年)・ウッタル・プラデーシュ州(1997年)・ハリヤーナー州(2003年)で合計8農村の経済活動・カーストシステムや認知空間に関する調査を行った。_III_ インド農村における「脱領域化」と「再領域化」1)パルダ(女性を家族以外の男性の目から遮断する社会慣習)の伝統は都市では新中間層を始め徐々に解放されているが、農村では伝統的知識の保持者である地主層により再生産されている。2)カースト(ジャーティ)制度は生産手段としての農地の大小(有無)としての意味から、教育水準の高低に意味づけを変えながら、社会階層の再生産の装置として確かに機能している。3)「コミュニティ」はインド農村では、「地域社会」という意味ではなく、「ジャーティ集団」(および彼らの生活空間)として再生産されている。一方都市では住宅地の囲い込みなど、建造環境の集合的消費を通して局地階級同盟が生じ、地域社会が成立する可能性がある。 グローバル化は、インド農村の様々な「場所」の意味(インド農村文化に埋め込まれたもの)を剥ぎ取り新たな意味を付与していく(脱埋め込み・脱領域化)が、同時にその変化のプロセス自体もインド農村文化に再び埋め込まれ、インド農村は同時に再領域化している。