抄録
1 はじめに第2次世界大戦前に、日本の陸地測量部を中心に作成された「外邦図」は、日本の敗戦と同時に焼却され、また接収されたりして、散逸したものが多い。しかし、こうした戦後の混乱にもかかわらず、多くの外邦図が日本の大学や研究機関だけでなく、海外における大学および公的機関にも数多く所蔵されている状況が、次第に明らかになってきた。本発表は、こうした内外の諸機関に所蔵されている外邦図の所蔵にいたるまでの過程を検討するとともに、その系譜関係を明らかにすることを目的としている。2 日本における外邦図の系譜関係現在の段階で、国内における大学や公的機関の外邦図の所蔵状況を調査した結果、東北大学、東京大学、京都大学、広島大学、立教大学、大阪大学、筑波大学、熊本大学などの諸大学のみならず、国会図書館や岐阜県立図書館世界分布図センターなどの公的機関も、数多くの外邦図を所蔵していることが明らかになった。また、敗戦の直後に参謀本部から持ち出された外邦図のいくつかの流出経路も、関係者の証言や史料から明らかになった。本発表では、旧資源科学研究所所蔵の外邦図が、日本や海外の各大学あるいは公的機関に分配された状況を、浅井文書(元・お茶の水女子大教授浅井辰郎氏の所蔵文書)を基礎に分析した結果を紹介したい。そしてさらに、こうして分配された後、日本の国内の諸機関で、相互に外邦図の2次的分配や交換が行われ、現在の所蔵に至った過程もあわせて検討したい。3海外における公的機関の外邦図戦後における日本の敗戦処理過程あるいは占領体制のもとで接収され、海外に流出していった外邦図の数は膨大な規模に達すると思われるが、その所蔵機関をすべてに亘って特定していくことは不可能に近い。しかし、1万数千枚以上に達する外邦図をセットとして所蔵する機関は、海外においても、そう多くはない。大英博物館やオランダの機関、さらにアメリカのクラーク大学などの大学や公的機関での所蔵が確認されているし、現地で確認されたもの以外に、その所蔵が情報として得られたものも含めて考えると、まだ多くの機関が所蔵しているようである。本報告では、アメリカ議会図書館およびアメリ地理学協会地図コレクション(ウイスコンシン大学ミルウォーキー校、ゴルダ・メアー図書館)において実施した外邦図調査の結果を紹介する。日本の公的機関においては、その所蔵がほとんど確認されていない、戦前に撮影された中国大陸の空中写真、あるいは戦後、占領期に原版から再度印刷に付されてアメリカに送られた外邦図、さらにまた、こうした外邦図が、米軍によって、朝鮮戦争における重要な戦略地図として使用された状況、なども明らかになった。こうした外邦図の接収の過程、所蔵の状況、さらに戦後の利用過程などについては、まだ不明の点も多いが、現段階において明らかになった事実を報告したい。4外邦図の所在確認と目録作成の必要性外邦図の持つ意義に関してみると、明治期以降における日本の植民地形成、あるいは戦争や占領統治の状況などを具体的に知るための重要な資料であると同時に、情報としても日本で大きく欠落している近代地図史と軍事との関わりを、測量から地図作成に至る技術的側面だけでなく、地理的情報の収集と組織化あるいは軍事的利用の過程、さらにそうした地理的情報の公開と利用の制限など、地図のもつ社会的、政治的、軍事的要素とのさまざまな結びつき方を知り得る貴重な史料でもある。戦後も外邦図は、海外調査や環境変化をめぐる比較資料としてさまざまな形で利用されてきた。しかしながら、現在、日本だけでなく海外の多くの所蔵機関においても、外邦図の多くは紙面の劣化が急速に進み、その対策を考えなければならない状況にある。こうした状況の中で、外邦図の所蔵機関の確認とその目録の整備に関しては、日本だけでなく海外の諸機関についても、原図の調査が可能なうちに、早急に、しかも組織的に推し進めていく必要があろうと思われる。