日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会春季学術大会
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東京都江東区におけるマンション急増の背景とその影響
加世田 尚子*坪本 裕之若林 芳樹
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p. 173

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抄録

1.はじめに
東京都区部では,減少を続けていた人口が1996年を境に増加に転じ,「都心回帰」の兆候がみられる.都心部に隣接する江東区でも,その余波を受けて1990年代後半からマンション供給戸数が急増し,近年では区部で最も多い人口増加数を示している.江東区での集合住宅の増加は,すでに1970年代には顕在化しており,地理学でも集合住宅建設に伴う土地利用変化や住宅のタイプによる居住分化が検討された.これらの研究が対象にしたのは,いずれも1990年以前であり,バブル経済期以降の江東区におけるマンション立地の動向は明らかになっていない.そこで本研究は,江東区における近年のマンション大量供給の背景とその影響を明らかにすることを目的とする.
2.資料と研究方法
人口分布の傾向は国勢調査などの統計資料で把握し、マンションの立地動向は江東区役所ならびに不動産経済研究所の資料を用いた.また,小学校児童の受け入れ状況については,区の教育委員会から資料収集するとともに,学区内での建物用途の変化について東京都都市計画地理情報システムの建物現況データを用いてGISによる分析を行った.
3.江東区の人口増加とマンション建設
江東区の人口は90年代後半に増加している.人口の転入・転出先をみると,郊外方向への転出が目立った85_から_90年と比べて95_から_00年には江東区内や他の区部からの移動が増加しており,都心回帰の兆候が表れている.年齢別人口構成の変化では,90年代後半に学齢期の子供を持つ若い世帯が多く増加しており,この町丁別の人口の変化をみると,人口急増地区と大型マンションの立地とが対応していることがわかる.
4.マンションの規模・価格・立地の変化
江東区内の集合住宅は,もともと公共住宅の占める比率が高かったが,近年では民間分譲マンションの割合が高まっている.その立地場所は区内に散在しているが,大型マンションは臨海部に比較的多い.1棟当たりの戸数でみると,70_から_80戸の高い水準で推移した1970年代末の第4次ブーム期に比べて,バブル経済期には急激に縮小した.その後,93年以降は再び拡大傾向にあるものの,第4次ブームの水準には達していない.これは,転用できる用地の小規模化によると考えられる.バブル経済期まで一貫して上昇していた1戸当たりの平均価格や1_m2_当たりの単価は,90年代以降に急落し,デフレの影響を受けてバブル経済期以前の水準に近づきつつある.その結果,マンション販売価格の低廉化によって,比較的若いファミリー世帯の一次取得層でも購入できる物件が増加した.
5.「受け入れ困難地区」の指定と学区内での地域変容
こうしたファミリー世帯の増加に対して,江東区は小学校を当面は新設しない方針をとっている.その理由として,児童数が増加したとはいえ,1980年頃のピーク時ほどではなく,空き教室の活用等で対応できること,また児童の増加が一過性のものと予想されること,および区の財政事情等が考えられる.そのかわり02年に江東区は,児童数が急増もしくは今後増加が見込まれる学区を「受け入れ困難地区」に指定して,マンションの新規建設を制限する措置を講じた.指定された地区は,都市基盤が未整備な臨海部を中心にした7つの小学校区である.
数少ない既成市街地内の受け入れ困難地区である川南小学校区を事例として,建物用途の変化を分析した.その結果,80年代まで工場や倉庫だった場所が一時的に空地となった後,90年代後半にマンションへ転用されるケースが多いことがわかった.こうした変化には,江東区が30戸以上のマンションから徴収していた公共施設整備協力金を93年から02年まで中断したこと,および建築基準法の改正等による容積率の緩和も影響している.つまり,近年みられるマンションの大量供給は,バブル経済期以降の規制緩和が促進したと考えられる.

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© 2004 公益社団法人 日本地理学会
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