抄録
1.背景 本報告で取り上げるのはCommodity chain analysis(商品連鎖の分析),Commodity chain approach(商品連鎖のアプローチ),あるいはGlobal commodity chain approach(グローバルな商品連鎖のアプローチ)などと呼ばれる考え方である。 そもそもCommodity chain(商品連鎖)とは「世界システム論」で用いられた概念で,世界経済システムにおける「中核」と「周辺」の地域格差を生む媒体として位置づけられている(Hopkins and Wallerstein 1986)。1990年代以降,世界システム論はグローバル化の進展という社会経済的な潮流とも相まって,それまでの理論的あるいは史的な検討に留まらず,実証研究にも進展を見せる。このような中で注目を浴びるようになったのが,本報告にいう商品連鎖のアプローチである。2.特徴と主要な研究者 1990年代後半以降,Gereffi and Korzeniewicz (1994)やHaugerud, Pricilla Stone and Little (2000) など,経済学者や人類学者,あるいは社会学者による著作が纏められて来た。その特徴は,先進諸国の消費と途上国の原材料,一次生産物の供給を,両者をつなぐ商品に注目して論じることにあり,それを通じて北米やヨーロッパの先進国の食料消費が,いかに南米やアフリカなどの途上国の農業生産を左右してきたかを描き出してきた。 近年では欧米の地理学者による研究も発表されるようになってきており(Mather,1999;Smith et al. 2002),2004年には「商品連鎖の地理学」がHughes and Reimerによって編まれた。なお,Leslie and Reimer(1999)は,同アプローチの地理学的意義として,商品連鎖にかかわる場所と場所の関係を明らかにし,高度で複雑な今日の先進国の消費の背景を探ることを挙げている。3.日本の地理学における展望 日本はすでに世界有数の食料輸入国となって久しい。また,近年は中国をはじめとする東アジア諸国からの生鮮野菜の輸入をはじめ水産物や加工食品供給の海外依存も高い。今日,われわれはどこで誰によって作られた食料であるかを知らないままにそれを購入し,消費する。また,その食材に関する情報以上に,その食料供給システムが誰によって作られ,どのような意図の元で運用されているのかという情報につてもほとんど知ることはない。このような状況をどのように読み解いていくかが同アプローチの導入の意義でもある。 具体的なタスクとしては,第1にわが国の食料輸入の地理的パターンを描き出すこと,第2にはその海外からの食料供給体系を主導する主体の運動を明らかにすること,第3にはそれらの一連の動きを体系づける価値について検討することがあげられる。その際,地理的パターンの検討においてはグローバル,ナショナル,ローカルという商品連鎖のスケールが,食料供給体系を主導する主体の検討においては,生産者主体の連鎖(producer driven commodity chain)か買い手主導の連鎖(buyer driven commodity chain)かという観点が,また,価値の検討においては情報と知識が重要な事項となる。主要文献Gereffi, G. and Korzeniewick, M. eds.(1994): Commodity chains and global capitalism. Westport: Greenwood Press.Haugerud, A. Priscilla Stone, M. and Little, P. eds. (2000): Commodities and Globalization, Lanham (Maryland), Rowman & Littlefield Publishers.Huges,A. and Reimer,S. eds (2004): Geographies of commodity chains. Routeledge.Hopkins,T.K. and Wallerstein,I. (1986): “Commodity chains in the World-Economy prior to 1800”. Review 10-1:157-170.Leslie,D. and Reimer,S.(1999): Spatializing commodity chains. Progress in Human Geography 23,401-420.Mather, C.(1999): “Agro-commodity chains, market power and territory: re-regulating South African citrus exports in the 1990s”.Geoforum, 30:61-70.Smith, A., Rainnie, A., Dunford, M., Hardy, J., Hudson, R. and Dadler, D. (2002): “Networks of value, commodities and regions: reworking divisions of labour in macro-regional economies”. Progress in Human Geography, 26:41-63.