日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
会議情報

「食」をめぐる地理学の新潮流
シンポジウムの趣旨と内容
荒木 一視*高橋 誠
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p. 26

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抄録

1.趣旨 グローバルフードシステムの進展,食の安全性など今日の「食」をめぐる状況は,大きなうねりの中にある。1990年代後半以降の欧米の地理学では,こうした状況に対峙するための様々な議論が展開されてきた。 本シンポジウムでは,これらの新しい潮流において注目されるいくつかの理論や概念を取り上げ,各々の動向を紹介するとともに,斯学への援用の可能性を検討したい。「食」をめぐる問題は多くの国において共通の課題となりつつあり,わが国の経験を国際的議論の俎上に上げることが求められている。本シンポジウムのねらいは,少なくとも欧米諸国の地理学研究や,それとすでに対話を始めたわが国の農業経済学や農村社会学などと問題意識や理論・概念を共有することによって,内外の「食」の研究との議論の基盤を作ることである。2.各報告において留意したこと ここで取り上げるのは,フードレジーム(食料体制),コモディティチェーン(商品連鎖),ニューリテイルジオグラフィー,フードネットワーク,コンヴァンシオン,アクターネットワークなどのキーワードで語られる,いくつかの潮流である。これらの諸概念自体が従来のわが国の地理学界で,広く認知されているものではない。そこで,各報告の前半部分においては,これらのキーワードを理解するために,各動向の簡単な系譜,すなわちこれらの考え方の背景と特徴,主要な論者に言及し,主要文献リストを作成してもらうことにした。要旨集にそれらを記載することで,これらの「食」をめぐる地理学の新潮流の概要を一瞥できるハンドブック代わりになることを意図している。 各報告の後半部分では,担当者にこれら新潮流についての展望を語ってもらうことにした。すなわち,前半部分で紹介された系譜を踏まえて,それらの考え方を日本の地理学研究に援用することの可能性と有効性について展望してもらう。その際,欧米の新しい理論を相対化するためにも,日本(あるいはアジア)の文脈を意識し,想定される方法や対象に即して,それらの課題や問題点を明らかにしたいと考えている。3.本シンポジウムの目指すこと 本シンポジウムは「食」をめぐる地理学の新しい理論・概念を披瀝することをひとつの試みとして掲げているが,このようなスタイルのシンポジウムはこれまであまり試みられてこなかったと思われる。しかし,議論の焦点はあくまで理論・概念の有効性にあるが,フィールドを重視する地理学においては(実際,「食」をめぐる問題はいろいろな意味で「現実」である),事例研究や実証研究などとの接合を全く抜きにして有効な検討ができるとは考えていない。要は,事例についての細かい議論を意図するものではない。また,もちろん,それらの理解のされ方は一通りではないが,理論・概念のあまり細かな袋小路を探索することや,言葉遣いや論理構造の妥当性を云々すること,重箱の隅をつつくことも慎みたい。むしろ,これらの諸理論・概念を用いて欧米の地理学は何をしようとしたのか,何ができるのか,あるいは何ができたのか,そして日本の地理学はそれをどのように咀嚼できるのか,といった広範な問題を念頭に置いて議論ができれば幸いである。 本シンポジウムを企画するに至った背景のひとつとして,斯学において,「食」の問題それ自体に対する関心はともかく,理論や概念を共有しつつ国際的議論の舞台に登ろうとする態度があまりに希薄ではないのかという問題意識があった。その意味で,欧米の新しい考え方だから無批判的に受け入れるべきだというのは本意ではない。また,「食」という対象を共有することで,農業地理学とか工業地理学とか流通地理学とか文化地理学とか農村地理学とかといった従来型の研究分野が横断的に連携できる,いわば地理学内融合の道筋が描けるのではないかとも期待している。 付言しておけば,ここで取り上げた6つの潮流は,相互に重なる部分も大きく,決して相互に排他的なものではない。また,90年代以降の新しい動向をすべて網羅しているわけでもない。実際,例えばNigel Thrift などが取り組んでいるモダン消費論,George Ritzerの指摘するマクドナルド化,David Goodmanなどが展開する食の自然文化論といったテーマは,構想の段階では検討されたが,他分野を含めないと適当な報告者が見つからなかった。これらも含め,総合的な「食」の社会科学研究が構築できるかどうかというのは難しい問題だが,その意味で,本シンポジウムでの議論は閉じたものでも収束すべきものでもない。少なくとも「食」をめぐる地理学の新しい潮流のいくつかを披瀝することで,今後の斯学の議論の活性のひとつの起点となれば幸いである。

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