日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
会議情報

中国鉱業都市における生活空間の二極化と単位制度
*劉 雲剛
著者情報
会議録・要旨集 フリー

p. 70

詳細
抄録

1 はじめに
中国における鉱業都市では,1980年代以来,市場経済化の改革の推進にともなって,国有企業を中心とした経済体制が崩壊しつつある。国有企業のリストラによって,多くの失業者やレイオフ労働者が出現している。彼らは生活を維持するために,再就職を図ろうとしているが,多様な技術を持っていないために,それを実現できる可能性が低い。社会保障制度が完備されていない環境で,こうした鉱業労働者はどのような生活空間を形成しているのか,その実態を解明することが本稿の目的である。
本稿は,90年以上の開発歴史を有する,中国東北部の炭鉱都市である遼源市を調査対象とし,その市場化改革にともなう都市生活空間の変容の現状について考察を行う。調査に関しては,2003年6月,2004年9月の現地調査に加えて,2005年2月当市居民委員会の協力を得て住民100人を対象にアンケート調査を実施した。
2 鉱業都市における生活空間の二極化
遼源市は現在西安区(鉱区)と竜山区(新区)という2つの区からなっている。1970年代までの遼源市の範囲は現在の西安区からなっており,インフラを提供する国有企業の鉱務局が立地している。鉱務局は同時期までに遼原市域の大半のインフラをカバーした。そのインフラに加えて,公共サービス施設,税務署,警察署でさえ鉱務局によって独自に建設された。それに対して,市政府の所在地である竜山区は,主に1980年代から市政府の主導で新たに開発された区域で,そのインフラ,公共施設などは全て市財政で整備されたものである。
しかし,1980年代以降,鉱務局の経営不振により,西安区の基盤整備・更新ができなくなっている。また,石炭開発による地盤沈下で,西安区での環境悪化も目立っている。このため,西安区と竜山区との都市環境の格差が広がっている。
このような背景をもつ,両区の住民それぞれ50名を対象にアンケート調査を行った。その結果によると,西安区では無職者,失業者や拾い職従事者が集中する一方,竜山区では管理職や技術職が集中している。竜山区と比べて,西安区ではとくに無所属,低学歴,低収入者が多いといった特徴が見られる。つまり,鉱業都市内部では,はっきりした住み分けの二極化構造が形成されていると見られる。
3 単位制度と鉱業都市の人口低移動性
鉱業都市において,なぜ生活空間の二極化が発生したのか。その要因には中国の単位制度による人口移動への制限があると考えられる。
中国では,1950年代の計画経済時代から,終身雇用,無失業,「低賃金・高福祉」をはじめとした雇用システムが作られた。そこで雇用先,つまり職場は単位と呼ばれている。単位は業務活動だけではなく,労働者のたとえば幼稚園,学校,病院,住宅,退職後の年金などの生活保障,身分証明書の発行,戸籍管理,思想動員などの行政管理機関としての機能をも備えていた。人々は単位の「揺りかごから墓場まで」の保障を受けながら,単位のもとで働き続け,単位のもとで人生を送る一方で,単位を離れては生活ができないという制約がある。こうした単位の諸機能を可能にしたさまざまな制度は便宜上,単位制度と呼ばれている。
鉱業都市では,国有企業が基幹企業であるため,その労働者はほとんど「単位」に所属しており,単位の支配構造が続いている。したがって,住民が自分の単位の存在しない他地区・都市への移転は,様々な単位福祉の喪失をともなう。ただ,金銭的な余裕がある富裕層は,他地区・都市の異なる単位社会に適応することができる。その反面,レイオフ・失業者はたとえ仕事が見付けられなくても,所属する単位の存在しない他地区・都市に移転せずに現住所に住み続けることが多い。これが鉱業都市における生活空間二極化の大きな要因であると考えられる。
4 討論
鉱業都市の事例として取り上げた遼源市では,鉱業経済が停滞しているものの,単位制度の制約により都市人口の減少(流出)はあまり見られない。一方で都市内部では現在,単位の制約を超えた住み分けが進んでいる。一部の富裕層は単位の経営状況の悪化した西安区から竜山区や他都市へ移動するものの,貧困層はそのまま滞留せざるを得ない。このようにして,単位の経営状況の良し悪しが,都市生活空間の二極化が進行するという結果を招いたのである。

著者関連情報
© 2005 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top