日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
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モンゴルにおける寒雪害ゾドの発生メカニズムの牧畜気象学的解析
!)放牧ウシの体重と環境要素の関係!)
*森永 由紀篠田 雅人
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p. 10

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抄録

1. はじめに
ユーラシア大陸東部の内陸に位置するモンゴル国は平均標高1580mの高原上にあり、典型的な大陸気候の特徴を呈する。乾燥・寒冷で、かつ気温の年較差は90℃(_-_45℃_から_+45℃)に及び、植物の生育期間は約4ヶ月と短い。このような厳しい自然環境下において、モンゴル高原では季節に応じて家畜とともに草原を移動する「遊牧」が数千年間行われてきた。モンゴル国では農牧業が就業人口の半数弱、GDPの3割以上を占め、農牧業生産の約90%を牧畜業が占めている。基幹産業として遊牧が現在も継続している国は世界にも類をみない。しかし、1999/2000年以降、3年連続して夏の干ばつと続くゾド(寒雪害)に見舞われて全家畜頭数のうち約3割が失われ、多くの遊牧民は貧困状態に陥り、健康・教育レベルの低下や都市への人口集中を招いた。干ばつ・ゾド対策は、モンゴル国にとって解決すべき火急の課題である。
2. 遊牧にとっての干ばつ・ゾドとその予測
 モンゴルの遊牧家畜は、牧草のエネルギー価の高い暖侯期に体重を増やして秋に最も太ることにより厳しい寒侯季を乗りきるという年変化のサイクルをもつが、気象や草地の条件が悪い年には、牧草量が最低となる冬から春にかけての体重減少が平年を大きく上回り、家畜が大量に餓死する。大量死の引き金となる低温、多雪、嵐などの悪条件をモンゴルではゾド(dzud)と呼び、寒侯季の気象災害と位置付けられている。しかし家畜の大量死は、寒侯季だけでなく1年を通じた気象や牧草の条件が家畜の年変化のサイクルに影響して、例えば1)暖侯季に干ばつで十分な体力がつけられない、2)冬季が甚だしく寒冷あるいは積雪が多い、3)春季の突風が強い、などの結果が蓄積して徐々に起きるため、ゾドは「忍び寄る災害」と呼ぶことができる。モンゴル国の自然災害の予報に中心的役割を果たす気象水文研究所Insitute of Meteorology and Hydrology (IMH)には、自然災害の早期警戒システム(Early Warning System 以下EWSと略)の雛型ともいえる、干ばつ・ゾドの被害を軽減するための独自のモニタリングシステムが存在する(森永・篠田、2005)。ここで取得されているデータを利用して牧畜気象学的データベース(気象、土壌、植生、家畜に関するデータ)を作成、解析することより、EWSの構築に役立つ基礎的知見を明らかにするのが本研究の目的である。ここではその一環として、放牧ウシの体重の季節変化と環境要素の関係の解析例を紹介する。
3. 放牧ウシの体重の変化と環境要素
上記モニタリングシステムの一要素である牧畜気象観測は、IMHから遊牧民に委託して実施され、家畜の状態と気象観測をあわせて行う。百葉箱と雨量計をゲルとともに季節的に移動させながら1日3回の気象観測をはじめとして、植生、雌の家畜の状態(ウシは15頭、ヤギ・羊は各25頭)、冬営地では家畜の寝床の温度環境等の観測を実施している。森林草原のブルガン県にあるウシの観測ステーションの1992-2002年の雌ウシの体重および草丈(寒候季は枯草)を、最寄の固定気象観測点(48゜82’N,103゜52’E,1209m) の気温、降水量、土壌水分(日気温および降水量からバケツモデルで計算)と併せて解析を行った。毎月のウシの体重変化と、気象要素の解析からは、寒候季(10-4月)のウシの体重減少は、同時期の気温や降水量よりも、先立つ夏の気温と土壌水分とのほうと関係が強く、ウシが干ばつに対して弱いことが明らかになった(Morinaga et al.,2004)。将来的には夏の干ばつと冬のゾドの発生を一連の時系列的な現象ととらえるEWSを構築し、気象、牧草、家畜生理の現状および予報を随時発表することにより、早期に段階的な干ばつ・ゾドの予報を実現していきたい。本研究の結果は寒候季のウシの体重減少の予測に役立つことが期待できる。
参考文献:
1)森永由紀・篠田雅人2005. モンゴル国の自然災害 _-_気象水文研究所における干ばつとゾドの監視システム_-_.小長谷有紀編『環境ハンドブック』 国立民族学博物館(印刷中).
2) Morinaga, Y., Bayarbaator, L., Erdentsetseg, D., and Shinoda, M. 2004. Zoo-meteorological study of cow weight in a forest steppe region of Mongolia. The Sixth International Workshop Proceeding on Climate Change in Arid and Semi-Arid Regions of Asia, Ulaanbaatar, Mongolia, 25-26 August 2004, 100-108.

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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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