抄録
はじめに. 堰堤の建設に伴う土砂移動状況の変化が植生の成立・更新に影響を与えることが指摘され(崎尾・鈴木、1997)問題視されているが、その実態は十分に明らかにされてはいない。まず、堰堤建設後の土砂移動状況の変化を明らかにするとともに、新たに形成される地形面が植生の成立・更新する上でどのような場であるのかを明らかにする必要がある。 本研究では、岩手県松川村湯の沢の最上流に建設された堰堤の後背地、および雫石町東の又沢の2つ堰堤の後背地に形成される地形面について、植生の成立・更新する場が時間的・空間的にどのように変わるのかという視点から検討した。調査方法.それぞれの調査地において測量を実施し、等高線図を作成するとともに、微地形区分を行い、各地形面の面積割合を調べた。地形区分は植物の成立・更新に関する視点から過去の研究事例および現地踏査による流路との比高と地表の状況から河床域を流路、毎年冠水すると考えられる低位河床面(下)、100年スケールで見ると何度か冠水すると考えられる低位河床面(上)、100年スケールでは離水していると考えられる高位河床面に区分した(詳しくは島田他(2004)で報告)。調査地のうち、東の又沢では堰堤の下流側および堰堤の影響の小さな区間についても同様の調査を行い、堰堤からの距離による違いを比較した。また、時間的な変化を比較するために、出水によって顕著な地形変化が認められた湯の沢および東の又沢第_I_堰堤後背地では再測し、面積割合の変化を求めた。さらに、湯の沢では堰堤建設(1981年)後の1983年以降に撮影された空中写真より1m間隔の等高線図を作成し、それを基に地形変化量を求め、2001年以降の測量データとあわせて、調査区間の地形変化量の経年変化を調べた。なお、湯の沢では1983年の時点ですでに水通付近まで堆砂が進行していたことが空中写真判読から認められている。調査結果および考察. 区分した地形面に成立する植生の状況は現地踏査から、次のとおりであった。低位河床面(下):無植被、あるいは当年生の実生が散生低位河床面(上):樹木が定着し、状況によっては成林する高位河床面:大径木化した樹林が発達する 両調査地の堰堤後背地では低位河床面(上)が広く形成されることが認められた。また、出水によって地形が変化しても、出水後の地形面の大部分は低位河床面(上)に区分され、その面積割合は出水前とほとんど変化しないことも認められた(図1)。低位河床面(上)には、成長錐から堰堤建設後に侵入したと判断される樹木が成立していた。また、堰堤建設以前から生育していた樹木も場所によっては残存していた。 湯の沢での浸食・堆積の地形変化量の経年変化から調査地では1988年までは堆積傾向が顕著であるが、それ以降は期間によっては浸食傾向も見られるようになり、長期的に見ると、いわば動的平衡状態になっていると思われた。2001年からの現地踏査では、清水(2003)が厳密な意味での「満砂」の判断基準とする堰堤の下流域と後背地、より上流域の堆積物の粒径が一様であると判断されるため、1988年以降の地形変化の量的な推移は「満砂」状態となってからの特徴であると判断された。まとめ. 調査結果から堰堤の後背地に形成される地形変化および地形面の特徴は以下のとおりである。_丸1_後背地には低位河床面(上)が広く形成される。_丸2_出水に伴い地形が変化しても、新たに形成される地形面の大部分が低位河床面(上)に区分され、その面積(形成)割合は出水前とほとんど変化しない。_丸3_堰堤後背地では満砂状態になると、出水によって地形が変化しても、浸食・堆積の変化量は長期的に見ると一定である(動的平衡)。 低位河床面(上)が広く存在することから、本調査地の堰堤の後背地は渓畔樹種が生育することが可能な場であると判断される。ただし、調査地では堰堤の後背地ごとに優占して成立する渓畔樹種が異なることがこれまでの調査から認められる(村上・島田、2003)。このことは、地形面を構成する堆積物の粒径組成、水分条件、あるいは母樹となる樹木の有無などさまざまな生理的な要因によるものと考えられるが、これらは今後の検討課題である。
