日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
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地方圏実業高校卒業生のライフコース
*神谷 浩夫中澤 高志
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p. 141

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抄録
1.研究目的発表者らは,金沢市と横浜市に立地する高校の卒業生に対する調査を踏まえ,ライフコースが地域ごとに差異化するメカニズムを明らかにする研究を行ってきた.これまで調査対象としてきた高校は,県立の進学校である.それゆえ卒業生がたどったライフコースは,それぞれの地域を出身地とする者のうち,限られた層のライフコースしか代表していない.そこで発表者らは,実業高校卒業生に対しても卒業後のライフコースを多面的に把握する調査を行い,ライフコースと地域性の関係を,より広い階層について検討することを企画した. 実業高校における生徒の進路選択については,教育社会学における研究蓄積がある.それらのほとんどは,学校と職場の接点のみに着目しており,生徒が卒業後いかなるライフコースを歩むかについては,研究の射程外に置いている.また既存研究の多くは,学科に関わらず実業高校を一括し,地域における個々の高校の位置づけを考慮せずに,もっぱら普通科高校との対比(多くの場合は高校の序列における実業高校の低位性)を問題にしている.発表者らは,実業高校を卒業することの意味は,地域によって,また男女によって異なるとの前提に立ちつつ,実業高校卒業生のライフコースを地域的な文脈においてとらえることを目指す.今回の発表は一連の研究の中間報告であり,金沢市のA商業高校卒業生に対する調査結果を中心に報告する.2.調査 2000年12月に,石川県立A商業高校卒業生に対してアンケート調査を行った.A商業高校は創立以来100年以上の伝統を誇り,地域経済において枢要な位置にある卒業生も少なくない.調査対象者は1982年3月から1991年3月に同高校を卒業した女性2,718人と男性978人であり,女性356人(13.1%),男性77人(7.9%)から回答を得た.本発表では,今回の調査に基づく男女の比較に加え,以前実施した石川県立S高校の卒業生に対する調査との比較を通して,商業高校卒業生のライフコースの特徴を明らかにする.なお,2005年2月には,アンケート回答者から協力者を募ってグループインタビューを実施する予定であり,当日はその知見も交えて発表を行う.3.結果 対象者の多くは,就職に有利であるなどの積極的な理由からA商業高校への進学を選択しており,普通高校への進学が成績的に難しいなどの消極的な理由で進学してきた者は少ないようである.女性では,高校卒業後の進路として就職を選んだ者が80%を超えており,そのうち60%以上は事務職に就いている.A商業高校の女性は,男性に比べて,就職し,社会に出ることを自明視する傾向にある.その一方で,親が進学に反対したことを就職理由の一つとしてあげた者が14%おり,これを選んだ者が60人中1人しかいなかった男性と対照的である.A商業高校の女性の就職先選択理由を,進学校であるS高校の女性(多くは大学・短大卒で就職)と比較すると,大企業であること,給料が高いこと,休日数が多いことなどを重視する傾向にある反面,自分の適性や能力を活かせることや女性が働きやすい職場であることをあまり重視していない.A商業女性は,高校卒業時点からS高校の女性に比べて結婚,出産後の就業継続意欲が弱い.そのため,いわば「腰掛け」的に地元大手企業の事務職として就職することが多く,結婚や出産に伴って退職する者も多い.しかし既婚女性の1/3以上が夫あるいは自分の親と同居していることもあって,出産後の再就職率はきわめて高い.ただしそのほとんどは,非正規雇用である. 自営業主の養成は,A商業高校が本来的に担っていた役割であり,男性では現在自営業を営んでいる者が一定の割合を占めている.男性では,販売・営業職に就いた者が最も多いが,女性における事務職ほど,職種の一貫性はない.男性の約1/3は,高校卒業後,進学している.男性の進学者27人のうち,14人は専門学校に進学し,新たに職業教育を受けている.雇用労働化が進むにつれ,A商業高校の役割は自営業主の養成から定型的な事務職の育成へと移っていった.しかし高卒労働市場において,事務職として就職する機会は,ほぼ女性に限定されている.A商業高校において,人数的にも少数派の男性は,女性に比べて進むべき進路が不明瞭であり,その結果が進路や職種の多様性となって現れている.
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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