日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
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満蒙開拓団の送出母村と移民地における農業気象環境の比較分析
*山本 晴彦岩谷 潔張 継権
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p. 211

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抄録
 世界恐慌と冷害により疲弊した農村では、国策としての分村移民事業を中心として、満州への農業移民が1945年の敗戦に至るまで14年間で約27万人が送出された。ここでは、山本ら(2004)が構築した満州気象データベースを用いて下伊那地方の送出母村と移民地における農業気象環境の比較分析を試みる。長野県伊那地方は県南部に位置し、東西を約2000_から_3000mの高峰を有する赤石・木曽山脈に挟まれた南北約90km、東西約35kmの地域を総称して伊那谷と呼ばれており、中央を天竜川が南に流れ、遠州灘に注いでいる。伊那谷の気候は太平洋側気候・内陸気候・山岳気候に分類されており、気温と標高には高い負の相関関係が認められ、気温減率は0.65℃/100mである。伊那谷の南半分が下伊那地方で、中心都市に位置する飯田(測候所)における過去100年の気温の推移をみると、夏季では2_から_3℃の平均気温の上昇が現れており、満州移民を送出した1930年代(表1)は異常低温が頻発し、現在より約2℃も低い気温環境にあった。送出母村と移民地の農業気象環境を比較するため、飯田と北満の依蘭(泰阜村の移民県、表1)の月別気温(最高・平均・最低)の推移を図1に示した。飯田(484m、N35.31)よりも高緯度に位置する依蘭(100m、N46.20)は大陸性内陸気候に位置し、夏季に高温にはなるが期間は短いために異常低温による作物生産の変動が大きいものと推察される。また、初霜(10月4日)、終霜(5月2日)で、初終間日数211日と長く、厳冬の気象環境を有している。満州における気象観測業務は、満州国中央観象台が実施していたが、気象データは極秘であり、満州の移民地における詳細な気象環境は入植者は把握出来ず、農業生産計画にも利用することはなかった。今後は、農業気象環境の詳細な比較分析を行うとともに、収集した気象・農業資料に基づいて移民地における農業生産の状況を分析する予定である。
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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