抄録
_I_.はじめに
山口県周南市八代は、ナベヅルの本州唯一の越冬地である。近年この越冬地を利用するツルの個体数が減少し、消滅の危機さえも指摘されるようになった。
越冬利用するツルの羽数の減少には、八代地区自体の環境の悪化が大きく関係していると考えられているほか、最大の越冬地である鹿児島県出水市への吸収によるものも大きいとみられる。このような越冬羽数の減少を受け、八代地区では環境を改善し、現在では環境状態の復元が進んでいる。しかし、環境の復元が進んでも、新たな問題が八代地区では起きている。新たな問題とは、越冬数減少に伴うツルのなわばり強化の問題である。
本研究は、八代地区で新たに問題となっている、越冬羽数減少に伴うツルのなわばり強化の現状を受け、ナベヅルのなわばり分けを決める要因が何であるかを検証することを目的とし、八代地区の圃場整備後を研究対象として取り上げることにより、圃場整備とナベヅルのなわばり選択との関係の間にどのような要因があるかを検証する。
_II_.研究方法
本研究では八代地区の農地の状態や、農地の高度などの土地情報を検討し、道路、水路などの人工物を含めたさまざまなデータの分析を通し、ツルのなわばり分けの要因が何かについて、1.年度ごとの越冬家族の遊動域利用形式、2. 遊動域における利用範囲選択のパターン、3. 干渉源となわばり選択の関係および、なわばり選択の要因を、4. 道路、水路によるなわばり境界、5. なわばり、利用範囲と農地の標高の関係、6. なわばり群の境界のそれぞれについて検証を行った。
_III_.結果と考察
ナベヅルのなわばり選択の要因について、研究方法中のそれぞれについて検証した結果は以下のとおりである。
遊動域での利用形式は、シーズンを通して常に利用範囲に利用率の高い中心を持ち、維持し続けることが明らかになった。
利用面積の変化では、調査地域である監視所周辺の農地を利用した家族のみを抽出し検証し、1999年度から2003年度までの利用面積の傾向をみた結果、1999年度から2002年度までは、ほぼすべての家族で月が進むと利用面積が縮小する傾向があったが、2003年度では、逆に12月に最小の面積となり、1月になると再び利用面積が増加した。年度別に利用面積をみると、2003年11月の最大利用面積は、1999年度を100%として52.26%と減少傾向にあった。しかし、1月の最大面積をみると1999年を100%として2003年では103.59%と近年シーズンを通して広いなわばりが維持される傾向があった。
利用選択のパターンは、1999年度から2004年11月までについて検証を行った。利用範囲の選択パターンは、ナベヅルの利用範囲の中から11月から1月までのすべての月で利用された範囲を抽出し、区画を河川やナベヅル越冬期間中に車の通行のある道路で分割し、4つのパターンに区分した。利用範囲は1999年度よりほぼ毎年同じ範囲が使用された。
干渉源とナベヅルの利用範囲との関係は、熊毛町(1985,1986)よりツルへの干渉源からの距離を70mとし、ナベヅル越冬期間中に人や自動車が通る道路を干渉源とした。干渉源からの距離が70m以内の利用範囲では、ほぼすべての家族で利用率が低い傾向があった。
なわばり選択の要因は、擬似的ななわばり範囲を生成し、道路および水路がなわばりの境界になるかを検証した。数年にわたり、調査範囲内の同じ道路や水路を境界としてなわばりが分かれる結果が得られたことから、隣接した区画を使用する家族のなわばりを分ける要因は、道路や水路にあるということができた。
また、標高との関係では、越冬期間中に調査範囲である監視所周辺のみを使用した家族を抽出し、年度別の標高分布をみた。標高分布の相関関係をみた結果、なわばり範囲内の高低差と利用回数の間には、r=-0.823と強い負の相関がみられ、なわばり内の高低差が少ない面積が広いことは、ナベヅルのなわばり選択の要因となるということが指摘できた。
参考文献
山口県熊毛町(1985)『八代のツルおよびその渡来地緊急調査報告書』,山口県熊毛町,25p.
山口県熊毛町(1986)『八代のツルおよびその渡来地緊急調査報告書』,山口県熊毛町,42p.