日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
会議情報

IMF経済危機以降の韓国農村
-慶州市江東面の事例-
*山元 貴継
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p. 263

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抄録
調査の背景と目的 1997年の通貨危機がアジア各国に与えた影響は大きく,とくに韓国では,「IMF(経済)危機」と呼ばれる国家的な経済混乱が発生したことが知られる.そして,危機的な状況を克服するため,1998年頃から韓国は,金大中政権のもとで四大構造改革を推進した.その中で,相次ぐ企業統廃合や,雇用の急激な変化といった動きがみられた.しかし,これらの一連の動きが,韓国の都市部以外の地域にどのような影響を与えたのかについての研究は,管見の限り多いとはいえない.
 そこで今回,報告者が1993年度より調査に入っている事例地域を対象として,具体的に「IMF危機」以降となる1997年以後,韓国の非都市地域においていかなる変化がみられたのかを調査した.今回の現地調査は2004年9月に行い,とくに新規立地がみられた企業などの関係者への聞き取りを行った.そのほか,地籍資料を用いて,企業などの立地と土地所有関係との関わりについての検討も加えた.
対象地域の概要 具体的に対象とした範囲は,韓国東南部・慶尚南道慶州市江東面仁洞Indong里)の南側に相当する.同地区は,慶州市の中心街と同市に隣接する港湾工業都市・浦項Pohang市の中心街とを結ぶ国道7号線の沿線に位置し,とくに1990年代に入り国道バイパスが整備されて以降,交通の面では比較的有利な位置となっていた.しかしながら江東面自体は,1995年の広域行政化の中でようやく慶州市に組み入れられた地域であり,近年まで明確な都市化は進行していなかった.
 北西側に隣接する良洞里が集落保存地区「民俗マウル」に指定され,補助金を受けながらの観光地整備が進められる一方で,仁洞里は,「民俗マウル」指定を受けることはなかった.その代わりに仁洞里は近年,規制を受けずに畜舎や農園の立地が進み,人口も微増をみせてきた.ただし,1997年前後の対象範囲は,仁洞里への入り口となる小さな踏切の周囲に,粗放的な農耕地が展開しているのみであった.しかしながら,今回現地調査を行った2004年の時点では,対象範囲の中でも道路沿いに多くの企業,工場などが建ち並び,「工業団地」のような景観をみせるようになっていた.
調査の結果から 現地調査では,1997年以降に大きく土地利用が変化した箇所について,その関係者に対する聞き取り調査と,地籍資料をもとに,それらの箇所の土地所有関係の変化についての確認を行った.それらを検討した結果は,以下の通りとなった.
各企業の立地 1997年の時点で対象範囲に立地していたのは,J社(鉄板加工業),S社(家庭用ビニールシート製造)などの個人経営企業兼工場のほか,慶尚北道酪農畜産共同組合の集荷場(1996年設立)のみであった.その後同組合は隣接地に「牧牛場牛乳ブランド」のための加工工場を立ち上げ,規模を拡大した.ただし,同工場は数年前に,産地直送に押されて営業を停止した.しかし一方で,その周囲には2001から02年とその前後に,H・M社の自動車部品流通センター,H・A社の住宅用パネル配送センター,H・C社の鉄板加工工場,S社の発泡スチロール工場などが次々と立地した.幹線道路から離れるほど,個人経営の企業兼工場が目立つようになる.
立地の事情 対象範囲において新規に立地した企業に共通した立地の事情としては,IMF危機が間接的に関わっていた.具体的には,IMF危機に伴う企業自体の統廃合や営業所の整理が行われた際に,隣接した中小都市のそれぞれに営業所を置くよりも両都市の中間に拠点を置くことが得策とされた結果,幹線道路に近接する対象範囲への立地が検討されたとのことであった.かつ,慶州市は他市とは異なり,IMF危機を契機とした中小企業誘致策を実施しており,企業立地時の税金が抑えられることも,同市への企業立地を後押ししていた.
立地と土地所有関係 対象範囲においてこれらの企業の新規立地がみられた箇所は,いずれも共通して,地域外の居住者の所有地や,それ以前から土地所有権が移動を繰り返していた地筆に限定される傾向があった.対象範囲の中でもやや幹線道路から離れた地筆は,範囲内の居住者でかつ氏族集団の構成員による土地所有関係の比較的安定した地筆となっており,こうした地筆には,企業などの新規立地はほとんどみられなかった.
 以上見てきたように,IMF危機に伴い,韓国の非都市地域において,間接的ではあるが企業などの立地が促されるといった変化がもたらされた可能性が示された.ただし,それらの変化は,幹線道路沿いや,強い土地所有関係のみられない範囲に限定されたものであったことも指摘される.IMF危機による影響は長期間にわたって緩やかにもたらされると想定されるため,今後,対象範囲以外の様々な事例地域についても注視していきたい.
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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