日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
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日本の地理学における言説分析の現状と課題
*成瀬 厚杉山 和明香川 雄一
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p. 47

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抄録
I はじめに
近年,日本の地理学学会誌に様々な言語資料を中心的な分析対象とする研究が増加している。それらは方法的に類似していても,分野や主題が異なるために相互参照されることなく,方法論的に未熟な状態が続いている。また一方で,日本の地理学における展望論文の多くは主題によるものであると同時に外国や周辺分野の動向の紹介にとどまっている。本稿は方法論の観点から,そして身近な日本の地理学者による研究を詳細に吟味することを目的としている。
II 日本の地理学における言説分析
この章では,広く言語資料を取り扱う研究を広義の言説分析と呼ぶこととし,日本の地理学者による研究を概観する。日本の地理学において,新聞記事のような言語資料を論文の主要な分析対象として使用した先駆的研究は1990年前後に登場する。1990年代以降の研究は,メディア・テクスト分析,社会史的分析,民族誌的分析,政治経済的分析,計量分析に対する質的調査・分析,などと多岐にわたる方法で言語資料が用いられている。資料としても,大量に流通するメディア資料から,多くの人が目にすることの少ない議会録,あるいは歴史資料などの書かれた言葉から,インタビューやインフォーマントの語りなど話し言葉にまで及んでいる。
III 言説とは何か?
この章ではまず,言説discourse概念で有名なフーコーを中心とする議論を概観する。「二重化された表象」というフーコーによる定義から,言説という概念が決して言語資料の総体のみを意味するのではなく,多数のテクストや語りが特定の方向付け=意味付けを獲得し,類似してくる作用を意味していることを確認する。続いて,日本の社会学における言説分析に関するちょっとした論争を紹介することを通して,言説分析の長所と短所を確認する。最後に,英語圏の地理学における言説概念の導入を辿ると同時に,都市研究の文脈で言説分析研究を整理しているLees(2004)の議論を参照する。
IV ツールとしての言説分析
最後に再び議論を日本の地理学研究に戻し,IIで整理した3つの分野から特徴的な論文数編に対してより詳細に検討を加える。まずは社会地理学的研究から原口(2003)を取り上げる。この論文では,新聞記事や会議録などの言語資料を用い,様々な社会集団の意識や意見,主張などを,それぞれの集団の特徴,あるいは集団間の関係としてマッピングしている。この研究は,同じ地域に関わるいくつかの社会集団のアイデンティティを問い直すというよりは,言説分析を通して常識的なアイデンティティを強化している。しかも,それは同時にメディア形態の特質も常識的なものを強化している。続いて民族誌的研究として,フィールドワークにおける人々の語りを分析した今里(1999)を取り上げる。この論文では,そもそも分析対象として使用する言語資料が「言説」と呼ぶに適しているかという問題も含まれる。しかし,最大の問題は,その言語資料の生成過程の隠蔽である。言説分析というと,その言葉が所与のものとして存在しているような印象があるが,この民族誌的研究の場合に,その言葉は調査者と被調査者の間の政治的関係によって生成されたものである。このような「語り」を分析する場合にはそのような政治性に配慮する必要があろう。
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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