抄録
1.はじめに中国の黄土高原は,標高1000_から_1500mの高原地域であり,かつ半乾燥地域に相当する(福井, 1961; 福井, 1965; 田村, 1991).黄土高原の降水は,そのほとんどが7_から_9月に集中し(Domros and Peng, 1988),短時間に集中的に発生することが多い(大森・賈, 1990).また,年降水量は北部で約300mm,南部で約600mmであるが,年変動が激しい特徴を併せ持つ(福井, 1961; 福井, 1965; 田村, 1991).しかし,黄土高原は中国でも有数の小麦生産地域であり,夏季の限られた降水量は農業的見地からも重要である.今後,この地域の降水を予測することは食糧問題にもつながる研究課題である.特に,黄土高原の降水は7・8月に最盛期を迎えるが,その前期(7月)と後期(8月)とでは水蒸気を輸送する気流系が必ずしも同じではない(大和田ほか).そこで,本研究では,まず黄土高原の降水最盛期の前期にあたる7月に着目し,降水の地域的特徴とその要因について分析を行った.2.資料降水量解析は,NCAR (National Center for Atmospheric Research)による黄土高原とその周辺地域における中国の地上観測降水量データ(22地点)の日別値を用いた.解析期間は,climate shift以降の1979_から_1992年までである.気流系は,NCEP(National Centers for Environmental Prediction)/NCARによる2.5度×2.5度グリッドの客観再解析データの日別平均値を用い,水蒸気を運ぶ水蒸気輸送qv(g/kg・m/s)と水蒸気輸送量|qv|(g/kg・m/s),および水蒸気輸送経路を決定する気流系解析としての等圧面高度z(m)と水平風ベクトルv(m/s)を解析した. 3.黄土高原の降水地域特性黄土高原における降水の地域特性は,降水量の日別データを基にウォード法を用いたクラスター分析によって分類した.その結果,北西部(クラスター1)・南西部(クラスター2)・北東部(クラスター3)・南東部(クラスター4)の4つの地域に分類した(図1).そこで,黄土高原における地域別の気圧場と気流系,および水蒸気輸送場の違いを降水量が上位5%以上に属する1979年を対象とし,事例降水日を抽出して比較した.4.解析結果 降水域と水蒸気が輸送される方向に対応が見られたが,各地域で輸送方向が異なる. 黄土高原における西側の降水は,偏西風の蛇行に伴う低気圧性の渦が日本の北側で大気上層から下層にかけて現れ,その南側に形成された北太平洋高気圧の外縁部から派生した南東風によって降雨域に水蒸気を輸送される.一方,東側の降水は北部と南部で特徴が異なり,北東部は低気圧性の渦が北太平洋高気圧の北側への張り出しを制限し,西に張り出した北太平洋高気圧とベンガル湾からの南西風が降雨域に水蒸気を輸送して雨が降る.また,南東部は低圧性の渦が発達して北太平洋高気圧の北側,および西側への張り出しを制限し,低気圧性の渦から派生した北東風が水蒸気を輸送している. 今後は,多雨季後期(8月)の降水メカニズムについても詳しく考察し,黄土高原の降水最盛期における降水と気流系の関係を明らかにしていきたい.文献Domros, M. and Peng, G.(1988) The Climate of China.Springer-Verlag,1-360.福井英一郎(1961) 東亜における主要気候域の経年変動.辻村太郎先生古稀記念地理学論文集,298-312.福井英一郎(1965) 北太平洋を囲む主要気候域の経年変動.地理学評論,38,37_-_56.大森博雄・賈恒義(1990) 中国黄土高原清水河上流域の黒色腐植質土層の形成期と更新世末期以降の環境変化.地学雑誌,99,307-329.大和田春樹・大森博雄・松本淳 中国黄土高原の降雨季における気流系の季節変化について.地理学評論,(投稿中)