日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
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常磐海岸北部におけるラグーン堆積物中の津波堆積物
*後藤 秀昭青山 繁雄
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p. 8

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抄録
1. はじめに 東北日本はプレートの収束帯に位置する島弧の典型例として地形学的,地質学的,地球物理学的な研究が数多くなされ,プレートテクトニクス理論を実証する重要なフィールドとなってきたが,地震活動に関しては観測機器による約100年間の情報と,西日本に比べ数少ない歴史文書を基にして研究が行われてきたに過ぎない。 西日本では南海トラフに沿って100?150年の間隔で巨大地震(プレート間地震)が発生してきたことが知られているが,東北日本では巨大なプレート間地震が起こってきたのかどうかわかっていない。東北から北海道にかけての太平洋岸は,地形学的な研究からは隆起している地域と推定されるが,過去100年間の測地観測からは沈降傾向を示しており,明瞭な齟齬がみられる(池田,1996)。これは,南海トラフに沿って発生してきたプレート間地震の発生前と同様の傾向であることから,将来,日本海溝に沿って巨大地震が発生する可能性が考えられる。 演者は,津波堆積物と相対的な海水準変動の調査を通して海溝に沿って発生する巨大地震の検証を目指している。プレート間地震の発生域に近く,海岸地形によって津波の波高が増幅されにくい常磐海岸を対象として,浜堤背後の旧ラグーンにおいてハンディージオスライサーを用いて地層を採取し,地層の観察や珪藻殻分析による堆積環境の復元を行うことで目的を遂行しようとしている。2.地形概観と調査地点 常磐海岸北部(福島県浜通り)は,南北に延びる双葉断層崖を境に山地部(阿武隈山地)と低地部にわけられ,低地部は,丘陵と東流する諸河川の段丘面・沖積低地からなる。沖積低地は,海岸付近で砂州によって閉じられたラグーンを埋めて堆積している。これらのラグーンは,北部の松川浦を除いて,明治期以降の干拓によって順次陸化され,農地にされてきた。干拓により陸化した農地は,浦の堆積物を陸上で採取し,観察できるという調査上の利点を持つ。 本発表では,松川浦の南に位置し,松川浦とは約600mの短い川でつながっていた上流の旧山信田浦干拓地(相馬市磯部山信田)と,それより約30km南に位置する旧井田川浦干拓地(相馬郡小高町井田川)での調査に関する予察的な報告を行う。3.調査結果の概要1)山信田 山信田浦では,海岸線に直交する向きに側線を設け,それに沿って海岸から約800?1900mの地点で,1?1.8mの試料を合計10本採取した。試料は,大部分が浦の堆積物である腐植質の粘土層からなり,最大15cmの砂層が4枚程度挟まっている。(これらの砂層を上位より,Yt1?Yt4とする。)Yt1?Yt4のいずれも,下位の地層との境界が明瞭な侵食面からなる。また,上位に向かって細粒化する傾向がみられる。試料によっては,Yt1?Yt4の砂層中に粘土からなるrip-up clastが認められる。Yt1?Yt4は,海岸から陸に向かって,層厚の系統的な変化は顕著でないが,次第に細粒化するという傾向が認められる。これらのことから,Yt1?Yt4は津波堆積物である可能性が高い。 珪藻殻分析を,海岸から1.2km内陸の地点で採取した試料を対象にして行った。分析したのは,Yt3を挟む上下0.7mの地層である。その結果,Yt3とそれより下位の粘土層では海水から汽水種が優占し,Yt3より上位の粘土層では,淡水種が優占する。また,汽水種は,Yt3とその下位の粘土層を境界にして,Yt3より下位の粘土層に比べ,上位で急減していることが明らかとなった。これらのことから,津波堆積物であるYt3が堆積後,急激な堆積環境の変化が生じたと考えられる。Yt3を堆積させた地震活動に伴い急激な隆起が生じた可能性がある。2)井田川 井田川では,海岸から約1?1.5kmの地点で,1.1?1.6mの試料を3本採取した。試料は,浦の堆積物である腐植質の粘土層とそれに挟まれる8?15cmの砂層からなる。3本の試料とも3枚の砂層が見られた。(上位よりIt1?It3とする。)It1?It3は下位の地層との境界は明瞭な侵食面であり,上部に向かって細粒化する共通の特徴を有している。また,It1およびIt2には貝殻片が横になって挟まれていた。各試料間の対比では,海岸から内陸に向かうに従い粒度が細かくなる傾向が,It1?It3のいずれも認められた。これらから,It1?It3は津波堆積物である可能性が高い。池田安隆(1996):活断層研究と日本列島の現在のテクトニクス,活断層研究,no.15,pp.93?99.※科学研究費補助金(若手研究(B)(2),課題番号:15700539,研究代表者:後藤秀昭)および東京大学地震研究所共同研究プログラム(特定共同研究(A))の援助を受けました。
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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