抄録
I.背景と目的
現在、フードシステムの産業化・グローバル化が顕著となる中、それに対抗するオルタナティヴな農や食のあり方を追求する運動が盛んに行われている。有機農業はその典型のひとつであり、環境・社会・経済の各側面からみて妥当かつ持続可能な農業として、多くの問題解決に資するとする理念的期待がなされている。特に途上国においては、有機農業に対して、貧困緩和など農村開発の側面で大きな期待が寄せられている(例えばUNESCAP, 2002;FAO, 2003;Ramesh, 2005)。こうした現状を踏まえ、筆者は先にスリランカを事例として途上国における有機農業の展開とそのメカニズムの全貌を把握する研究を行った(河本 2006)。その結果、スリランカにおける有機農業の展開は、アグリビジネスおよびNGOを主たるアクターとして先進工業国との強い関係性を持ちながら進んでいるが、そこには一方的な従属ではなく、内発性や関係アクター間の連携が一定程度存在することが確認された。その後筆者は、スリランカにおける有機農業の展開のうち、アグリビジネスやNGOが小農のグループを組織して有機農産物産地を形成しているパターンについて、ローカル・スケールの産地における社会的・経済的インパクトを解明するための研究を進めている。具体的には、先駆的に小農部門における有機農業の取り組みを行ってきた企業やNGOによる有機農業の展開が、食料安全保障、社会的公正など途上国農村における重要な問題にいかに影響しているかを解明したいと考えている。本発表では、上記の目的を達成するためにどのように農村調査手法の開発と実践を行ったかを報告する。
II.調査手法の概要
現地調査は2006年5月27日から6月28日の約1ヶ月間実施した。研究対象農村の選定には紆余曲折があったものの、最終的に現地でキャンディ県(Kandy)のムルガマ村(Mulgama)を選定した。また、シンハラ語およびタミル語の通訳として、ペラデニヤ大学農学部のDr. Gamini Hitinayake(アグロフォレストリーおよび農村開発が専門)を通じ、同学部の学生を雇用した。そして、面接調査を中心とする全戸悉皆調査により、農家経営や食料入手の状況、階層、ジェンダー、有機農業の推進側アクターや有機農業に対する意識・行動などを、有機農産物栽培農家と慣行農産物栽培農家や非農家との比較等を通じて把握した。その際、以下の4つの調査手法を組み合わせた。ひとつは、広島大学総合地誌研究資料センター(2006年4月から広島大学総合博物館に移行)が1960年代から蓄積してきたインド農村地域調査の手法である。本研究は、この一連のインド調査・研究とは別に筆者が単独で行っているものであるが、対象農村の全戸悉皆調査を基本とする体系的な調査手法として、学ぶべき点が多いと考えた。藤原ほか(1987)およびその後の調査で用いられた手法および考え方は、面接調査票の作成等に際し非常に参考になった。第二に、筆者が宮崎県綾町において実施した、有機農業の展開と農家の受容に関する調査手法(河本 2005)をモデル的に適用した。第三に、国連「ミレニアム開発目標」のための指標のいくつかを、筆者の目的意識に沿うものとして援用した。第四に、対象農村およびその周辺の地図化に際し、GPSを援用した。
《引用文献》河本大地 2005.有機農業の展開と農家の受容—有機農産物産地・宮崎県綾町の事例—.人文地理 57-1: 1-24.河本大地 2006.スリランカにおける有機農業の展開とそのメカニズム.地理学評論 79-7: 373-397.藤原健蔵・村上 誠・中山修一・米田 巌編 1987.『海外地域研究の理論と技法—インド農村の地理学的研究—』広島大学総合地誌研究資料センター. FAO (Food and Agriculture Organization of the United Nations) 2003. Organic Agriculture, Environment and Food Security. Rome: FAO.Ramesh, P., Singh, M. and Rao, S.A. 2005. Organic Farming: Its Relevance to the Indian Context. Current Science 88-4: 561-568.UNESCAP (The United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific) 2002. Organic Agriculture and Rural Poverty Alleviation: Potential and Best Practices in Asia. Bangkok: UNESCAP.