日本地理学会発表要旨集
2006年度日本地理学会春季学術大会
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企業城下町における主体間関係の再構築
山口県宇部市における産学官連携を事例として
*外枦保 大介
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p. 199

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抄録
1.はじめに
 企業城下町とは,特定の大企業を中核とし,その周辺に直接・間接の下請取引を行う多数の中小企業が立地している都市である.しかし近年,企業城下町の中核であった大企業は,事業の選択と集中を迫られ,長年取引のあった中小企業との関係を見直さざるを得なくなっている.他方,中小企業においては,特定企業からの依存度を低め,下請企業からの自立化を迫られているが,状況は改善されていない.
 こうした中,1990年代後半以降,企業城下町において,主体間関係を再構築することによってこれらの諸問題を打開しようという動きが現れている.特に産学官連携の動きは,従来の企業城下町の産業集積を転換させる点において注目される.
 本発表では,企業城下町の歴史的展開の中で,主体間関係がいかに形成され,産学官連携を機にどのように再構築されようとしているのか検討する.対象地域として,近年産学官連携が活発な企業城下町である山口県宇部市を選定した.宇部市は,宇部興産の企業城下町として知られる都市であり,産学連携に積極的な山口大学を抱える都市である.

2.宇部興産の事業展開と宇部市の変容
 宇部では,明治期以降,石炭が本格的に採掘された.石炭産業によって得られた利潤は,セメント工場,鉄工所,窒素工場に投資され,石炭産業の成長が化学をはじめとする工業の発展を促した.また,宇部は域外から労働力が流入し都市としても成長を遂げていった.1942年に沖ノ山炭鉱,鉄工所,セメント,窒素の4社が合併し,宇部興産が設立された.設立時,宇部興産の資本の大半は地元所有であった.戦後,石炭産業は衰退するものの,工業が雇用の受け皿となったため,他の産炭地ほどの深刻な状況には陥らなかった.
 中核企業である宇部興産は,1960年代以降,生産・営業拠点を全国的に分散し,東京本社へ本社機能が移転してしまうことで全国的な企業へと変身していった.

3.主体間関係の形成と展開
(1)企業間関係
 宇部市において主となる企業間関係とは,親企業と下請企業の下請構造である.宇部興産の下請構造の特徴は,親企業の工場内で生産が完結するため,構内外注として設備管理や補修・メンテナンスに従事したり,原材料・製品を運搬したりする下請企業が多いことである.また,自動車や電機産業と比べて,下請企業の階層構造がはっきりしない.宇部興産では,宇部興産の協力企業組織が存在し,セグメントごとに結成されている.
(2)大学と地域の関係
 宇部市では,1940年前後に現在の山口大学工学部と医学部が,戦後,宇部高専や山口東京理科大学が建てられた.この地域では,1950年代,産学官が連携した公害対策(「宇部方式」)を行った歴史をもつ.宇部地域では1980年代にテクノポリスに指定されるが,目標としていた工業成長は達成されなかった.だが,大学や研究所を同時期に誘致できたことで,域内の研究者の数は増加し,今日の産学官連携の基盤となった.

4.産学官連携による主体間関係の再構築
 1990年代後半以降,宇部市にある山口大学医学部・工学部では学内で医工連携の動きが進み,その連携が知的クラスター創生事業につながった.
 大学・高専では,1990年代後半以降,大学・高専の法人化をにらみ,産学官連携支援体制が構築された.地元企業との研究協力会が設けられたり,地方自治体・金融機関・地元の大企業と包括的連携を結んだりして地域に根付いた活動を展開している.また,産学連携を行っている企業は,現在,産学連携を進める企業に対しては国や地方自治体からの様々な補助金・助成金制度が用意されているため,産学連携を進めやすい環境にあり,中小企業にとって産学連携は,研究開発費を抑えながら新たな技術を獲得できるため魅力的である.そして,自治体は,財政難の状況下,新産業を創出することで税収を増やし,未売却の企業団地の販売にめどをつけるために,産学官連携に熱心である.
 宇部市の産学官連携の特徴は,そのコーディネータに宇部興産退職者が就いていることである.このことは,宇部興産が特別な意味を持つこの地域にとって,産業界と学術機関との間の信頼の創出効果をもたらしている.
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© 2006 公益社団法人 日本地理学会
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