抄録
はじめに 世界のマングローブ枯死林の状況を正確には把握してはいないので確定的ではないが、メキシコ湾岸のユカタン半島では極めて広大な面積のマングローブ林が枯死している。恐らく数万ヘクタール規模で世界最大であろう。このユカタン半島では僅か数種のマングローブが多彩な森林を発達させており、枯死林もその一つである。これらの森林景観の形成には、様々意味での塩分の集積が関わっていると考えられる。発表者らは、昨年2月と今年8月現地を調査し、森林の景観特性と根の発達深度における塩分濃度、枯死林の実態と枯死のプロセスを分析し、一定の理解が得られたので報告する。乾燥地のマングローブ林 乾燥地域においては、表面水と土壌中の塩分濃度がマングローブ林の林相形成や環境条件に極めて大きな役割を果たしており、更に植林の成否を左右する大きな要因であることが指摘された。本地域における枯死林形成のメカニズム解析とこれに基づく植林の成功は乾燥地域に広く分布する疲弊したマングローブ林とその生態系、その生態系に漁業や家畜の飼料を依存する世界の乾燥・半乾燥地域の植林と環境修復に大きく貢献する道を開くと思われる。ユカタン半島の森 ユカタン半島は、気候的に乾燥地域にあり、200km四方にも及ぶ広大な半島は極めて平坦で、かつ降水の地下浸透が大きく河川が殆ど存在しないという特異な環境を作る。この沿岸には、多数の巨大なラグンや島々が散在し、10万ヘクタール内外のマングローブ林が発達する。メキシコ湾とカリブ海を境して、北に伸びるユカタン半島の北端から西岸のマングローブ林が広大に枯死している。北東岸から東岸にも広大な森林が発達するが、ここに目立った枯死林はない。枯死林が広がる一帯には、フリンジ、堤間湿地、タイダルフラット、チャパロ、ペテンなど5つの立地タイプの森林が見られ、この森が、土壌中の高塩分やハリケーンの巻き上げ海水による塩害などで枯死している。森林景観と土壌塩分 ここで、マングローブ林の林相を、巨木林、高木林、林冠が鬱閉したヤブ状の林、疎林、チャパロ、僅かに生存木がみられる林、枯死林の7つに類型化し、そこに成育するリゾフォラ・マングレ(Rhizophora mangle)、アビセニア・ジャミナンス(Avicennia germinans)、ラグンクラリア・ラセモサ(Laguncuralia rasemosa)の根が発達する深度における土壌中自由水の塩分濃度を測定し、両者の関係を検討した。任意の深度における土壌中自由水の塩分を計測することは、表層が水で覆われ、かつ飽和した状態にある地層では極めて困難だが、ジオスライサNM5 (中田他、2004)を用いることで容易となった。合計30本のコアを採取した。この結果、樹種毎でみた林相と土壌中塩分濃度との間には極めて明瞭な相関が見られることが明らかになった。すなわち、リゾフォラはアビセニアに比べて1-2%程度低塩分に対応する。リゾフォラの場合、塩分濃度が2.5%以下であれば巨木森、4%を超えると樹高が著しく低下し、6%を超えると枯死に至る。アビセニア林は、巨木林は作らず、塩分濃度4%以下で高木林、7%程度を超えると枯死に至ることが明らになった。一方で表面水の塩分濃度と林相には対応関係が見られなかった。微地形と堆積物、最大で地下1.4mまでの土壌中塩分濃度の垂直断面構造を明らかにした結果、本地域のような土地気候環境下では、自然状態の水循環で塩分は土壌中に自然に集積し、ゆっくりと塩性湿地化に向かっていると解釈できること、このような気候水文条件では、道路の建設など、僅かな地盤高の変形による表面水の遮断でも乾季における蒸発で土壌中に塩分集積が一気に進み枯死林の形成に至る状況が理解できた。一旦土壌が高塩分化すれば容易にもとにもどれない。ただ、本地域に特有の被圧地下水や塩分の垂直構造の状態、物質組成によっては森林の修復は可能であることも指摘された。