抄録
韓城市は,陝西省東部の黄河中流域に位置し,関中盆地と黄土高原の接合部にあり,丘陵と山地が広い面積を占める。総人口は38.8万人(2003年)で,そのうちの27.1万人(69.8%)が農村人口である。
韓城市では「大紅袍」という品種の花サンショウ(花椒)が生産され,実の部分が香辛料・調味料として出荷されている。韓城市における総生産量は約1.4万t(2003年)であり,この市は,中国において花サンショウの生産がもっとも盛んな地域のひとつである。
本報告では,2005年8月に行ったフィールドワークにもとづいて,韓城市における花サンショウ生産の特徴と変容を検討する。
この地域では,人民公社期には花サンショウはほとんど栽培されていなかったが,1980年代の生産責任制以降徐々に栽培されるようになり,1990年代後半からその生産量は急増した。今回の調査により,その理由は複合的であることがわかった。
まず,生態的に花サンショウは穀物などと比べて乾燥に強く,用水が得にくい山間部での栽培に適している。また,この作物は,気温の日較差が大きい山間部で味と香りが強い実をつけることからも,山間部での栽培が進められた。 技術的な側面として,リンゴなどの果樹と比較して花サンショウ栽培に求められる技術水準は低く,そのため,農業技術の専門的な知識や情報を得る機会が限定されている山間部の農民でも栽培面積を増やすことができた。
経済的な側面として,2000年代初期までは,花サンショウの市場価格が上昇したことがあげられる。また,花サンショウの農繁期は夏期の収穫時の1ヶ月程度と短く,それ以外の期間には長時間の兼業が可能となることも,農民がこの作物を取り入れた理由のひとつである。さらに,韓城市内に花サンショウの卸売市場が整備され,より大量の流通が可能となったことも生産量の増加を後押しした。
政策的な側面として,責任生産制の導入以降,請負制によって荒地の開墾が進められ,その新しい耕地でも主に花サンショウが栽培されたことがあげられる。さらに,2000年以降の退耕還林政策によって,それまで小麦やトウモロコシを栽培していた耕地への植林が進み,「経済林」のひとつである花サンショウの栽培が奨励されていることが,この作物の生産量の増加に寄与している。また,耕地転換の補償として農民へ食料と現金が支給されはじめたことも,商品作物としての花サンショウの栽培意欲を高めることにつながっている。
このように,韓城市では,作物本来の生態的な特性のみならず市場経済化や農林業政策の影響を受けて,花サンショウの栽培面積が主に山間部で増加してきた。そして,この作物は,穀物や果樹などの農作物が十分に栽培できないこの地域の農民にとって,貴重な収入源となっている。
ただし,近年は,収穫期の人手不足から,外部地域からの出稼ぎ労働者を雇用するための人件費が上昇していること,および花サンショウの市場価格が下降傾向にあることなどから,花サンショウの生産量に減少もみられる。また,市行政は花サンショウが地域経済に大きく貢献していることを認識しているが,この作物の品質管理や加工業促進などの取り組みには課題がある。
この報告は,農業生産に不利な山間部農村における商品作物の生産について考える際のひとつの参考になると思われる。