I 事例主義とサンプル・スタディ
現在の日本の地理教育カリキュラムでは事例主義が強調されている。事例主義の導入は昭和40年代の学習指導要領からはじまり,イギリスのサンプル・スタディ理論が要領改訂の背景にあったとされる。しかし,現在のイギリス地理教育でサンプル・スタディはケース・スタディに代替されている。言い換え理由は,統計学におけるサンプリング概念との混同を避けるためであると一般的にはされてきたものの,言い換え過程の実証的分析はなされていない。そこで,事例主義カリキュラムが依拠しているサンプル・スタディ概念を,イギリス地理教育でのケース・スタディへの言い換えを検証することで再考する。
II 言い換えの過程
表1は,1960年代以降のハンドブックにおけるサンプル・スタディとケース・スタディの扱いを整理したものである。同表によれば,1964年版はサンプル・スタディのみでケース・スタディが言及されていない。1970年版から1988年版ではケース・スタディが主に解説され,1996年版以降はサンプル・スタディが全く触れられないだけではなく,ケース・スタディへの言及も非常に少なくなるといった変遷が読み取れる。
III 言い換えの理由と両概念の異同
言い換えが進んだ1970年代の諸文献からは,統計的概念との混同回避で言い換えるといった理由は見いだせず,サンプル・スタディ使用における混乱の回避,もしくは異なる地理教育観に基づく学習のためにケース・スタディが使用されたことが理解される。その結果,サンプル・スタディとケース・スタディの異同は,表2のようにまとめることができる。